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                                                        更新 2005/09/03

 今は廃止になった「南部縦貫鉄道」の線路跡です。「盛田牧場」という駅がありました。 



線路は、向こうから手前に走ってました。手前の横に走っている道路は、国道339号です。



20数年ほど前(東京にいました)の漫画週刊誌に、同じ位置で撮った、現役だったころの「レールバス」の写真が載り、偶然同僚から教えてもらって購入しました。
その、漫画週刊誌(名前も忘れました。ただ、廃刊のハズです)に載った写真です。右端に木造の小屋みたいなのが写ってますが、「盛田牧場」という駅でした。

上の写真とほぼ同じ位置を撮っていますが、ずいぶん違いすねー

スキャナーの解像度が悪くてすみませんが、実際の写真は、もっと味があります。

  

南部縦貫鉄道の車両は動体保存されていて、年に一度乗車会が行われます。

下は2004/09/19・20の両日行われた乗車会の様子です。
普段は倉庫内で眠っているレールバスが動きました。









 南部縦貫鉄道は、開通時は七戸町(しちのへまち)から東北町の東北本線千曳(ちびき)駅まででした。
その後、東北本線の複線化による線路位置変更で千曳駅が移動し、旧千曳駅から野辺地駅までの間が旧国鉄には
不要になったので、南部縦貫鉄道はその鉄路を借り受け、野辺地駅まで延伸しました。

JR野辺地駅ホームから望む、南部縦貫鉄道野辺地駅跡です。
私は、運転休止前の「納涼列車」で、この野辺地駅駅舎前でほたてを焼いて、それを肴にビールを飲みました。
いい思い出です。



2004年〜2005年の冬は大雪でした。青森県内ではJRの車庫が壊れたりしましたが、上の野辺地駅舎裏の物置も壊れてました。






2005/05/08、野辺地駅のコンコースから見た風景は、なんと・・・・
南部縦貫鉄道旧野辺地駅舎の取り壊し風景と、枕木の撤去風景でした。

南部縦貫鉄道の跡・址・痕が無くなっていきます。



駅舎の取り壊し風景です。


枕木も撤去してました。




 最近の野辺地駅舎あとです。
 駅舎が有った様子はまったくなくなりました。
 


 南部縦貫鉄道がかって存在していた証拠が次々に無くなっていきます。
 そこで、先日こんな物を入手しました。
 軌道の枕木です。何に使うか思案中ですが、記念品にはなりそうです。

 管理者が11歳(昭和37年)ころの開通だったと思いますので、ほぼ40年を経過した物です。運んでくるのが大変でした。
なにしろ重いんです。40キロは超えてる感じです。