2006/11/25


 管理者宅の近くに国道4号線があります。この道は旧奥州街道です。
 旧街道の面影が各所に残っていますが、なんと言っても、「一里塚」が最たるものです。
 

 いくつかを紹介します。

 
 「真登地(まとぢ)の一里塚」案内板です。
 


 本体です。
 



 上の一里塚から8キロほど北にある、「池ノ平(いけのたい)の一里塚」です。
 まずは、その案内板です。
 

 本来の一里塚は左右一対だったそうですが、ほとんどは片側しか残っていないそうです。
 (上の「真登地の一里塚」も片側だけです)
しかし、この塚は、東側が一部破壊されてますが、一対が残っている、珍しい例です。

 西側の塚です。
 

 東側の塚です。
 

 ところで、皆さんは、昔の街道の大きさ(幅)はどの程度だったと思いますか。
 街道によって異なるようですが、ここに残っている道幅は、なんとせいぜい一間(1.8メートル)。
 こんなもんだったようですね。




 さて、これこそ本命の「蒼前平(そうぜんたい)の一里塚」です。
 上の「池ノ平一里塚」から14キロほど北に位置します。

 見事に、一対が並んでいて、頂上の間は約15メートルほどです。
 

 そして、この一対の塚の間が奥州街道実物です。ここには、おおよそ200メートルほど、その実物が残っています。
 街道は溝状になってまして、底の幅はおよそ2メートルです。多分(推測ですが)、「当初は平らな道で、長い間人の
往来があり、そのために溝状になった」のではないでしょうか。
 こんな道を参勤交代の列が歩んだら、普通の旅人は困ったでしょうね。
 

 塚の間の道です。
 南側から撮りました。左(西側)の塚にお天道様が当たってますので、明るくて抜けてますが、左右の頂上の間は、約15メートルですので、道幅のイメージを感じていただけると思います。
 

 案内板です。