
1973年(昭和48年)式ホンダZ360ハードトップGTです。

2007/05/09付きで、車検を更新しました。2年前にも車検整備をしてもらった整備工場に依頼しましたが、話によれば、あちこち苦労したそうな。
ウィンドーウォッシャー液の電動ポンプがダメになっていたので、普通車のそれを流用してあったり、ハザード回路もダメになっており、別途スイッチが取り付けられてました。エンジンの始動性がかなり良くなって戻って来ました事は、驚きでした。
お世話様でした。
エンジンルームの様子です。
右奥のウォッシャータンクは流用品ですが、その他はオリジナルです。

ところで、初年度登録の1973年(昭和48年)というと、管理者は大学4年生でした。
あのときから、、まもなく34年経ちます。早いですな〜
2005年秋に八甲田を一周した際の一枚。ミニカーの様でもあります。

水冷2気筒、ツインキャブレータ、5速ミッションです。塗装以外は略オリジナルのままです。
エアコンなし、ラジオなし(ラジオ本体が壊れてます)、カーステなしの無い無いづくしで、5000rpmでようやく60Kmが出ます。10,000rpmまで回せば120Km出るそうですが、残念ながら、出せる場所がありませんし出す勇気もありません。無理は禁物です。
走るのが本当に楽しい車です。
1974年に愛知県瀬戸市で社会人のスタートを切ったとき、会社の先輩が同型車を所有していて、休日にはよく乗せていただきました。大人が4人乗って、東名、名神高速を走りました。たった360ccですが、大したもんです。
愛車歴
社会人になって初めて勤務先は愛知県の豊田市で、住居は隣の瀬戸市。人生初めて持った乗った車は、初代のマツダファミリア。エンジン始動用クランクのあるタイプ(若い方は知らないでしょうが)で、なかなか味のある車でした。
次がホンダ1300クーペ(愛知県常滑市。空冷4気筒、4キャブ)。初期型の空冷で、ヒータファンが無かったので、冬場の寒かったこと!!。 トヨタのパブリカは空冷でもファンが付いていました。
その後、東京勤務で住居が横浜市となり、横浜ナンバーのマツダボンゴ貨物車に買い換え。これは、子供を乗せて長距離を走る(横浜から青森県の実家まで、約800キロ)ことを前提に、タイヤハウスの出っ張りが無く、布団をそっくり敷けることから決めました。荷台がフルフラットでしたので、途中休憩の居眠りも大変楽でした。ただ、エンジンが1400CCで、高速走行は結構つらかったです。
横浜から福島県原町市に引越して、トヨタライトエースワゴンとホンダライフ(通勤用)の2台体制となりました。
原町市から再度東京勤務で船橋に転居となり、ライフは処分して、ライトエースを千葉まで持ち込みました。
1985年に青森へ戻って、通勤用にスズキアルトを購入。それ以来、アルト
→ ファミリアGT(追突されて廃車) → サニー → ダットラとなりました。そしてダットラからエクストレイルになりました。
ライトエースは奥方がしばらく使用し、今はサニーに乗っています。
日常、乗り回すのはエクストレイルです。つまり、Zは実用目的で持っているのではありません。眺めて楽しみ、乗って楽しんでいます。
実用性が無い、かなり贅沢なおもちゃです。
「水中メガネ」のゆえん!
Zの愛称を「水中メガネ」といいます。
理由は、リアウィンドーのフレームが似ているからです。
似てますか?

Z用のハウス車庫です。


エクストレイルです。
撮影は2007/06/24、一戸射撃場。
中が汚れてもいいとは言うものの、トラックの荷台のような使い方は出来ないわけで、汚れ物をつむときは結構気を使います。また、内装のプラスチック部分が傷つきやすいのがいささか不満です。
最終更新 2008/03/16