そして輝く季節へ
…雪。
…雪は好き。
真っ白で…やわらくて………儚い。
ずっと雪を見つめて暮らしてきた。
そして、雪の終わる季節がきた。
でも、それは喜ぶべき事だ。
雪が終われば春が来るのだから。
雪の終わる季節。
それは輝く季節の始まり。
「…んっ…」
朝ね…。
頭がぼーっとしてる。もう起きなくちゃ…。
………。
「…う〜ん…」
ごろっ。
…でも、この時間が至福の時なのよね…。
起きなくちゃ駄目なのに、寝返りをうってそんな事を考えてしまう。
………。
「…え゛?」
ガバァッ!!
なっ、なっ、なっ、なんでこいつが隣で寝てるのっっ!?
隣を見ると、あいつが気持ち良さそうに寝ている。しかも、同じベットだ。
「………ぁ…」
…そっ、そっか。
落ち着いて周りに目をやると、見慣れない部屋が目に入った。……私たちの新居だ。
私は、昨日『深山雪見』じゃなくなったんだ…。
…いろんな事があった。
白い記憶。
みさきの失明は私のせいだった…。
全てを思い出した私は、あの不思議な世界へと消えた。
そして………同じような過去を背負った、私を迎えに来てくれた人。
……だから、私はここにいる。
「さて…朝ご飯でも作って、こいつに食べさせてやんないとね」
そっと、ベットから降りて、赤くなりながら服を身につける。
…でっ、でも、昨日は何にもなかったのよっ。結婚式とか二次会とかで疲れて…そのまま寝ちゃったんだから。
だから………今夜が初夜になるのよね…。
………。
……。
…はっ!?わ、私ってば、朝から何を考えて…。
慌てて、台所に向かう。途中、時計に目をやると11時半だった。…これは、朝ご飯じゃなくて、お昼ご飯になっちゃうわね。
「…どう?味は?」
「…苦い…」
「う゛っ」
食卓に並んでる品々は、基本的に色が黒い。確かに、ちょっと焼きすぎちゃったかな?
「料理は得意だって言ってなかったっけか?」
「あは…あははは〜〜〜っ」
私は一人暮らしが長かったせいで、料理は結構得意だ。
ただ。
今日はちょっと、ご飯を作ってると、突然、今晩の事を想像しちゃって、気がついたら焦げてた……なんて、恥ずかしくて言えない。
「そっ、そんな日もあるわよっ」
「……」
頬を伝う汗を拭いもせずひきつった笑いを見せる私。そんな私を見ながら、あいつは無言でご飯を食べていた。
「ごちそうさま」
…え?
気がつくと、もう全部食べてしまってる。
かなり失敗したはずなのに……ちゃんと食べてくれたんだ。
思わず、胸が熱くなる。きっと、顔が真っ赤なはずだ。
「雪見…」
「…え?」
そんな私の気持ちに気がついたのか、席を立って私の側に来る。
あいつの手が私の頬にかかる。そして、そのまま………。
「……」
「……」
ピンポ〜〜〜ン♪
「うわっ!!」
「きゃあっ!!」
思わず、慌てて離れる。
「…い、今、行きま〜〜〜す」
お客さんが来たんじゃしょうがないわね。…いいところだったけど。
がしっ。
「え?」
玄関に向かおうとした、私の手が力強く捕まれる。
「…雪見」
えっ?っえ?まるで、チャイムの音が聞こえなかったかのように、さっきの状態に…。
ピンポ〜〜〜ン♪ピンポ〜〜〜ン♪
「………ゆ、雪見」
チャイムの音を聞こえないふりをしてるわね…。ちょっと、動揺してるようだけど。
ピンポ〜〜〜ン♪ピンポ〜〜〜ン♪ピンポ〜〜〜ン♪
「……………ゆ、雪見」
あいつの頬に汗が伝う。流石にこれ以上は……無理かな?
ピポッ!ピポッ!ピポッ〜〜〜〜〜ンッ!!
「……雪見。………お客さんのようだな…」
この世の終わりのように、がっくりと肩を落としてる。…諦めたわね。
パタパタとスリッパの音を立てながら玄関に向かう。その間にも玄関のチャイムが連打されていた。気の短いお客さんだわ。
「はいは〜い。今、開けま〜す」
ガチャ。
「遊びに来たよ〜♪雪ちゃんっ」
みさき。それに浩平君だ。そういえば、二次会の席で遊びに来るっていってたわね。
「すみませんね。新婚早々」
浩平君がすまなそうに言う。まあ、二人だって新婚さんなんだけどね。
「いいのよ。さあ、あがって」
「うん。お邪魔するね」
「お邪魔しま〜す」
みさき達を促すと、浩平君がみさきの手をとって耳元でなにか囁いてる。
きっと、初めて場所だから、みさきに何処に何があるか教えてるのね。
「…(ぼそっ)ほら見ろ。やっぱり顔が赤いぞ?」
「…(ぼそっ)じゃあ、ほんとに朝からしてたのかな〜?」
…あんた達………聞こえてるわよ…。
「あれ?いい匂いがするね」
「ああ。さっきまで、お昼ご飯を食べてから」
「……(ぼそっ)もしかして、裸エプロン?」
「……(ぼそっ)新婚早々やるなぁ」
……………だから………聞こえてるって。
「…み、みさきも食べる?」
「あ。いいの♪」
「ええ。ちょっと焦げちゃったけどね」
とたんに嬉しそうに返事をするみさき。
「さっき、食べたばっかりだろう?」
そんなみさきを浩平君が軽くたしなめる。
「でも、うちは家計が苦しいから、お腹一杯食べられないんだよ〜」
「それもそうだな。仕方がないか」
………………………人ん家の家計はいいわけ?
まあ、とりあえず二人をダイニングの方に案内した。
「お。いらっしゃい。折原に川名……じゃない、折原ご夫妻」
あいつはにっこり笑ってそう言った。…頬が引きつってて、目は笑ってないけど。
「お邪魔するね」
「お邪魔します。先輩」
そういえば、こいつは高校の時、浩平君の先輩だったんだ。
軽音楽部なんて、幽霊部員の溜まり場の癖に、よく先輩後輩の関係があるもんだわ。
みさきと浩平君を椅子を勧め、みさきにご飯をよそおう。
「おいしいね♪」
「はは…焦げちゃったけどね」
嬉しそうにご飯を食べるみさき。まるで、浩平君がご飯を食べさせてないみたい。
「一応、断っておきますけど、ちゃんとご飯は食べさせてますよ」
………なんで分かったのかしら?
「おかずがもう少し欲しいかな?」
そう言って、いきなり冷蔵庫を漁るみさき。…って、なんで場所がわかるのぉ!?
ピンポ〜〜〜ン♪
「あら?またお客さん?」
「…そうみたいだな」
冷蔵庫を漁るみさきと、それを脇で見やる男二人を後にして、パタパタと玄関に向かう。
ガチャ。
「あら、上月さん。いらっしゃい」
『こんにちはなの』
にこにこと笑顔でスケッチブック出しているのは、高校の時の演劇部の後輩の上月さんだった。
後ろに、あと二人いる。確か上月さんの友達で…里村さんに、柚木さんだったかしら?式の時に見たような気もするけど。
「…こんにちは」
長いお下げの…里村さんが、ぺこっと頭を下げる。
つられて、私も頭を下げた。
「…ご結婚おめでとうございます。お邪魔かとは思いましたが、上月さんがどうしても遊びに行くと言ってきかなくて…」
チラッと上月さんに目をやると、スケッチブックを口にあてて照れている。
『後学の為にぜひ新婚家庭を見ておきたかったの』
後学って……演技の?それとも、結婚生活の?
上月さんが赤くなってる所を見てると……後者かな?誰かいい人でもできたみたいね。
「いいのよ。浩平君とみさきも来てるわよ。さあ、あがって」
そういって、案内するためにみんなに背を向けて家の中を振り返った。
「へえ〜、なかなかいいお家ね♪」
って、いつの間に中にぃっっ!?
振り返ると、柚木さんがにこにこと笑って立っていた。
私が玄関を塞ぐ形で立っていたのに……どうやって回り込んだの?
「…すみません。詩子はああいう性格なものですから…」
……性格?性格の問題なのぉっ!?
何事もなかったように、家の中に入る里村さんに上月さん。
「……」
私はしばらく玄関に立ちつくしたが、すぐに正気に戻って後を追った。
「…茜…」
ダイニングに来たら、あいつが呆然としていた。
あいつが口にした名前。それは自分をこの世界に呼び戻してくれた幼なじみの名前。
…例え、それが本人が望んでいなかった事だとしても。そして、そのせいで、自分だとわかってもらえなくても…。
「?…なぜ……私の名前を?」
そんなあいつの声に、里村さんが不思議そうに反応する。
「っ!!……い、いや。高校の時に一学年に下に、かわいい子がいるからって聞いてたんだ…」
慌てて目線をそらしながらそう言う。
「ああ〜。雪ちゃんにいっちゃうよ〜」
「うん、うん。分かるよその気持ち」
『浮気者なの。懺悔するの〜』
「み、澪っ!なぜに、懺悔っ!?」
ダイニングが笑いに包まれる。
でも、あいつの目だけは笑っていなかった…。
…過去。
誰にも思い出して貰えないあいつの過去。
この世界に戻ることを望まなかった者の結果…。
でも、あいつがこの世界に戻ること願っていたら……里村さんが、あいつの事がわかるようになっていたら……私はここにはいなかった。
静かに、あいつの側に行き、そっとその手を握る。
そんな私に気がつき、手を握り返してくる。
悲しそうな表情。
それでも、その目はやさしく私を見てくれていた。
『手を握ってるの〜』
う゛っ。
こっ、上月さん、目ざといっ!!
「ほんとは、つねってるんじゃない?」
「…詩子。失礼ですよ」
面白がるみんな。
「うおっ!!許してくれーーーっ!!」
こら、こら。あんたも急に痛がるな。
穏やかな陽光の中、ダイニングは爽やかな笑いに包まれていた。
「…それじゃあ、人数も増えた事だし、リビングに移動しましょうか」
みさきの食事も終わったようだし。…冷蔵庫の中を見るのが怖いけど。
あいつが先頭に立って、皆、ぞろぞろとリビングに向かう。
私はお茶を入れるために、その場に残った。
でも、里村さんだけが一人だけ残ってこっちを見てる。
「里村さんも先に行ってて。今、お茶を持って行くから」
「…つまらないものですが…」
その時、里村さんが、手に持っていた箱をテーブルの上にそっと差し出した。
包み紙からして、山葉堂のようだ。
ありがたいわ。冷蔵庫の中身は、みさきの襲撃で残ってないはずだ。見るまでもない。
ささっと紅茶を作り、紅茶用のブランデーと一緒にトレイに乗せる。
後は、頂いたお菓子をお皿に移してっと…。あら、ワッフルね。美味しそう。
その間、里村さんが待っていてくれて、運ぶのを手伝ってくれた。…じっとワッフルを見つめながら。
「はい、お待たせ〜」
リビングに行くと、お茶とお菓子を待ちかまえてる、女三人に男二人と猫一匹。
……………猫一匹?
いつの間にか、ソファーには真っ白な猫が一匹ちょこんと乗っていた。
「どうしたの?その猫」
「いや、庭で日向ぼっこしてたんで、つい、中に入れちゃってな」
都合悪そうにあいつが言う。怒られると思ってるらしい。
私が怒る訳ないじゃない。……人前で。
「かわいいねー♪」
『うん。かわいいの』
柚木さんと上月さんが、かわるがわる猫の喉元を撫でている。
猫は気持ちよさそうに喉をごろごろさせてる。
「しかし…どっかで見たことある猫だな〜?」
浩平君は猫を見て首を傾げてる。
ピンポ〜〜〜ン♪
「あら、またお客さん?」
三度、パタパタと玄関に向かう。今日はほんとにお客さんの多い日だわ。
「は〜い」
「あの、すみません、この辺で真っ白な猫を見かけませんでしたか?」
清楚な感じの女の人が恥ずかしそうに聞いてくる。
…真っ白な猫?多分リビングにいる猫ね。それにしてもどこかで見たことがあるような…。
「ええ。それなら家の中に…」
ああっ!!
「もしかして、長森さん?」
「えっ?そ、そうですけど……?」
「私よ。みさきの幼なじみの雪見よ」
「ああっ!演劇部の深山先輩!?」
いきなり名前を呼ばれてびっくりしている長森さん。そりゃまあ、そうね。
長森さんとは、浩平君とみさきの結婚式であったきりだし。
「その猫なら、家の中でみんなと遊んでるわ」
「みんな?」
「みさき達が来てるのよ。まあ、立ち話もなんだから上がっていかない?」
「そうですか?じゃあ、少しだけお邪魔します」
そう言って長森さんは頭を軽く下げた。
「みさき達って事は、浩平も来てるんですか?」
「ええ。あと、上月さんとか、…里村さんとかも来てるわよ」
そんな話をしながら、私達はリビングへと向かった。
「……」
「……」
でも、私たちはリビングの扉を開けた瞬間、言葉を失った。
「うわははは〜〜〜っ!!まあ、飲め折原っ!!」
「先輩、頂きますっ!!」
「ねえ〜、茜〜〜〜〜私たちも結婚しましょうよ〜〜〜」
「…出来ません」
『なのなの〜〜〜』
み、みんな酔っぱらってる?なんでえっ!?
よく見ると、紅茶用に出したブランデーの瓶が空になって転がってる。
「…今日は、何の宴会ですか?」
「……」
長森さんが頬に汗を浮かべながら、にっこり笑ってそう尋ねた。
ザンッ!!
「え?」
私があっけにとられて立ちつくしていたその時。
突然、庭に竹刀を持った女の人が現れた。
「はあっ、はあっ、はあっ…」
まるで何かに追われてるように周囲を見回す。
「無駄よっ!!」
「っ!!」
かけ声と共に、もう一人竹刀を持った女の人が塀の上に現れた。太陽を背にした気の使いようだ。
「真希…いい加減にしなさいっ!いつまで、私に付きまとうの気なのよっ!?」
「いつまで?…愚問だわ。あなたを倒さない事には私の高校生活は終わらないのよっ!!」
ビシッと竹刀を指して言い放つ。まるで、何かのドラマを見てるようだった。
「あんた…まだ高校生だったの?」
「う゛っ!!」
動揺した為か、バランスを崩し塀から降りる。
「そ、そんな事はどうでもいいのよっ!勝負よっ!留美っ!!」
「真希…私たちの友情は戦いの中でしか語れないのね…」
…………いや。どうでもいいんだけど、人ん家の庭で何してるの!?あなた達!?
「いいぞおおおおぉぉぉーーーーーっ!!七瀬ーーー!!」
「わはは〜…やれやれ〜〜〜♪」
…こら、こら。煽るな。
「あの…深山先輩…今日は一体何が…?」
「……」
笑ったまま再び私に尋ねる長森さん。…私が聞きたいわ。
確か、私は昨日結婚して、今日は新婚初日。こんな日ぐらいは甘い生活を夢見たって悪くないはずよね?それなのに…。
「真っ白い壁って気持ちいいよね♪爆乳詩子ちゃんの自画像でも描いてみんなに詩子ちゃんの素晴らしさを教えてあげるわ♪」
「…無駄です」
『……』(寝てる)
ああっ!!神様っ!?私が何をしたっていうのぉっ!?
「真希っ!!あなたの腕では私は倒せないわっ!」
「そうかしら?……これでも?」
パチンッ!!
「みゅ〜っ♪」
「ぎゃああああぁぁぁ〜〜〜っ!!離しなさいよっ!このぉっ!!」
「ふふ…こんな事もあろうかと、庭に椎名さんを仕掛けておいたよっ!!」
人ん家の庭にそんなもの仕掛けるなっっ!!
「先輩、いっき、やりますっ!!」
「おおっ!苦しゅうないっ!!」
やめんかあぁっ!酔っぱらいっっ!!
「あ。このワッフル、山葉堂なんだ〜。頂いちゃってもいいのかなぁ?」
「長森さん。遠慮せず、どんどん食べてよ」
あんたが持って来たんじゃないでしょっ!!みさきっ!!
「えいっ!こっちにも描いちゃうわよ〜♪」
「…いくら描いても真実は曲げられません」
『……』(熟睡)
ああっ!!家の中も外も無茶苦茶!!誰かなんとかしてええええぇぇぇーーーっっ!!
…………。
………。
……。
午前4時。
庭で戦う女達を倒し、なぜか倒れて意識不明になった長森さんとみさきを病院に連れて行き、寝こける上月さんを家まで運んで、酔っぱらいたちを布団に寝かせ、空になった冷蔵庫の中身を買い出しに行き、家中に描かれた落書きを消してたらこんな時間になった。
チュン、チュン…。
どこからか、雀の鳴き声が聞こえる。……朝だわ。
疲れた体を引きずって、寝室に行き、そのままベットに倒れる。
「……雪見……」
「…ん。……なに?」
「……」
返事がない。寝言のようだ。
私の意識もそのまま真っ白な世界へと落ちていった…。
…あきれるまでに騒々しい日々。
でも。
私は今、この人の隣にいることができる。
みさきにも、浩平君にも、上月さんにも……そして、沢山の人達の隣にも。
自分以外の人達との出会い。それが重なって今の私がある。
どれかひとつ欠けても今の私は存在しない。
私を見てくれる人。
私に声をかけてくれる人。
私の事を思ってくれている人。
だから、私はここにいる事ができる。
もう、永遠の世界なんて必要ない。浩平君も。この人も。私も。
人の心に降り積もる雪。
それは悲しさや辛さ。
誰もがそんな思いを忘れたいと思っている。
でも、忘れる事なんかできない。
それは自分を忘れると言うことなのだから。
だから、気がつけばいい。
その悲しさも辛さも……自分を創っている大切な思い出の一つなのだと。
この世界に生きる人達が……たったひとつの思い出が……何かひとつ欠けても、今の自分はここにいないということに。
その瞬間。
雪の季節は終わる。
そして、輝く季節の始まり。
−−−−− ここまで読んで下さった方々へ −−−−−
『ONE』という作品に出会えた事。
それを愛する人たちに出会えた事。
今、自分がここにいる事
その全てに感謝を。
雫
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