砂の欠片


 僕はいつまで、僕でいられるのだろう?
 いつも見る夢。
 僕のかけらが、手の平からこぼれ落ちていく悪夢。
 僕が僕でいられる時間の砂粒が。
 だんだんと僕の手からすり抜けていって。
 最後の一粒になったとき。
 いつも聞こえる声。





「うん、すっごく似合ってるわよ」





「……ちょっと待て、すずねえ」
 鮮やかなグリーンの上着。ワイシャツ。ベスト。
「……」
 そして……スカート。
「どうしたの? オミくん」
「……なぜ俺はこんな格好をしているんだ?」
 スカートの端を軽くつまみ上げて、お嬢様(カナ坊は除外)のようにすずねえに見せる。
 しかも、念入りにメイクまで施されていた。
「くすくす……だってオミくん、ほんとーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっに、可愛いんだもの」
「……」
 まったく理由になっていなかった。
 どうやら、すずねえは学園祭の時にした(させられた)俺の女装がいたくお気に入りならしい。
 しかし、朝起きたら女装の上にメイクまでさせられている弟を哀れとは思わないのか?
 俺は驚いたぞ。本当に驚いた。トイレを済ませて飯を食い終わって歯を磨き終わって気がついた時には。
 この姉ちゃんは目的の為には手段は選ばない人だということを、改めて認識させられたような気がする。
「さ、オミくん。そろそろ学校に行くから、いつまでもそんな格好してないで、着替えてらっしゃい」
「……」
 まるで、俺が悪いようだった。
「もう出かけないと時間が……ああっ!」
「?」
 すずねえが驚いたような表情のまま固まったので、その視線の先を追ってみる。
 時計があった。
 目をそらす。
 すずねえがいた。
 目をそらす。
「……恐ろしいものを見た気がした」
「オミくんっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!! それ、どーーーーーーーいう意味なのかな!? お姉ちゃんの目を見て、ちゃんと説明してみなさいっ!!」
 すずねえが鬼婆のように怒っていた。
「い、いや、なんとなく」
 かなり怖かった。
 鏡をみやがれ。などとは口が裂けても言えない。
 というか、目をそらしたときは、ほんとうになんとなくだったし。
「それより、時間いいのか、すずねえ?」
「よくないわよぅっ! 急いでっ!」
 と言いながら、すずねえが玄関へと駆けていく。
「あ、汚ねぇ!」
 俺を置いて抜け駆けしようとしたすずねえを慌てて追いかけて、俺も玄関を後にした。






「ぜぇ、ぜぇ……なんとか間に合った……」
 戦友のオミクロン号を自転車置き場に置いて、下駄箱へ。
「う、うん……今日も一日頑張るんだぞ……」
 なぜかすずねえも元気がなかった。
 わくわく動物コースはすずねえにはハードすぎたようだ。
 すずねえと下駄箱の所で別れて、俺の教室のある3階へ向かい、ざわざわと活気に満ちた教室の扉を開ける。
 ガラガラガラ。
「悪い子はいねえだかー」
 いつも通りの挨拶をしながら教室に入る。
「あ、おは……お、おおおおおはよう、靖臣……くん?」
「? うす、カナ坊」
 なぜか引き気味のカナ坊に挨拶を交わして、席に着く。
「あー。疲れた」
 机の上にぐったりと体を倒して、ようやく一息ついた。
 だが、そんな俺の様子を、カナ坊がチラチラと盗み見ていた。
「どうした、カナ坊?」
「えっ!? あっ、うん、なんでもないよなんでもないよっ!」
 ……思いっきり何かありそうだった。
「言いたい事があるなら、はっきり言え。便秘になるぞ」
「便秘は関係ないんじゃないカナ!!」
 カナ坊は便秘らしい。
「……おはよう、靖臣。あんた……とうとうそこまで墜ちちゃったの?」
「うっす、初子。なんだよ、そこまでって」
 初子までちょっと引き気味だ。
 すると、初子は恐る恐るという感じで、俺を指さした。
 俺がどうした? と思いつつ、初子の指先を追い、胸元に目をやる。 
「……」
 鮮やかなグリーンの上着。ワイシャツ。ベスト。
 見慣れた光景だった。
「……」
 いや、ちょっと待て。
 そのまま視線を足元に落とす。
 そして……スカート。
「うわっ、なんだこれはっ!?」
 ……俺は女装したまんまだった。
「カナ坊! お前、いつの間に俺にこんな物を着せたんだっ!?」
「違うんじゃないカナ、違うんじゃないカナ!? 靖臣くん、最初から……」
「スゲエ! カナ坊、マジシャンか!」
「え、あ、わたし、詐欺師カナ詐欺師カナ?」
「なにいってんの、靖臣。あんたが最初から女装して登校してきたんじゃない」
「……」
 初子は氷のようにクールだった。
 カナ坊のせいにしてうやむやにしてしまう俺の綿密な作戦は、一瞬にして打ち砕かれた。
 というかカナ坊、マジシャンと詐欺師は違う。
「あーあ……靖臣もとうとう……ねえ?」
 なにが『ねえ?』だ。同意を求めるんじゃない。
「これは今朝、すずねえが……」
「きゃーーーーっ! 新沢君、可愛いーーーーっ!!」
「えーっ!? あ、ほんとだ、可愛い〜〜〜〜♪」
「いや、可愛いじゃなくて、これは今朝す……」
「新沢君って、やっぱりそんな趣味があったんだー……ショック〜〜〜!」
 おいっ! 『やっぱり』ってなんだっ!?
「私、それでもいいっ!」
「私も、私もっ!」
 よかないっ!
「一美! めぐみ! 佐緒里! 薫! 沙紀! お前ら、人の話を聞けってーのっ!!」
「うわっ、靖臣くんが初めてみんなの名前を呼んでるんじゃないカナ!?」
「……カナって、実は酷い女よね……」
「大丈夫。私、そんなの気にしないから♪」
「うんうん。気にしないよー」
「可愛いから許すー♪」
 ……誰も聞いちゃあいねえ。
「だーかーらーっ!!」
 …………。
 ………。
 ……。















 「気にしないよ」

 誰の言葉とも分からないそれを。
 それだけを、僕は大切に心の中に抱いて。
 その言葉だけを支えにして。
 そうすれば、僕は、絶望に満ちた時間を、もう少し生きていける。
 僕はいつまで、感じていられるのだろう……?
 いつか……その言葉さえ失ったら。
 それでも僕は生きていると言えるのだろうか?





 「うう……。俺、もう、お婿にいけない……」






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