想い香る里
「…相沢君」
「あの子、なんのために生まれてきたの…」
夜風にさらされながら、俺はその場所から動く事ができなかった…。
香里の最後の問いかけに答える事もできずに…。
その言葉だけが、すっとずっと俺の中で響いていた…。
そして光落ちる雫…。
涙…。
それは、初めてみる香里の涙だった…。
崩れ落ちそうになって泣きすがる香里…。
いつもの気丈な香里。
そんな香里からは想像も出来なかった。
香里も……悩んで……そして、苦しんで…。
俺は…。
そんな香里を思わず抱きしめていた…。
「…ぁ…」
香里を抱きしめる腕に力がこもる。
「いいんだ…。泣いたっていいんだ…」
「……相沢君……うっ……ううっ…うわああああぁぁぁーーーんっ!!」
香里は子供のように泣き出した。
慰めの言葉なんか出なかった。
ただ…。
ただ……俺はにはそんな香里を抱きしてやる事しか…。
『想い香る里』
「…でも」
「起きないから、奇跡っていうんですよ」
だから………。
奇跡は起こらなかった…。
真っ白な雪が降っていた…。
降りしきる雪の中、少女は立ちつくしていた…。
絶え間なく降り続ける雪は、そんな少女を覆い隠すかのようだった…。
しかし、雪に映える黒いワンピースは、その少女の姿を覆しきれる事はなかった…。
「…香里…」
知り合ってから1ヶ月ぐらいにしかならない。
だが、その姿は明らかに普段の彼女とは違っていた。
「……」
無言。こちらに視線を向ける事もない。
香里は、ただ一点を見つめていた。
その先には…。
「栞…」
…俺の愛した少女。
…香里の大切な妹。
二人のかけがえのない大切な人が、花に囲まれて静かに眠っていた…。
やがて、少女は俺達の前を黒い服に身を包んだ大人達に運ばれて通り過ぎて行く…。
それでも…香里はその場から動く事はなかった…。
真っ白な雪。
雪はまだ降り続いていた。
俺には香里にかける言葉なんかなかった。
自分を慰める言葉すらなかった。
冷たくなった香里の手に、そっと自分の手を重ねる。
冷たかった。俺の手も冷たいのだから当然だ。
だけど…。
互いの温もりが、少しずつ相手を暖めていった…。
そして、香里の温もりが感じられるようになった頃…。
「…うっ……ううーっ……」
香里は……泣いていた…。
声にならない声で…。
俺の胸に顔を埋めて…。
あの夜のように…。
「…寒いぞ」
中庭に通じる扉を開けると、そこは足跡ひとつない雪の原だった。
雪は降ってないが、冷たい外気が容赦なく体温を奪う。
当然、人なんか誰もいない。
雪を払って、近くに腰を降ろす。
俺はこんな所に来てどうしようっていうんだ?
…バカみたいだな。…アイスクリームなんか手に持って…。
でも…俺はその場所を離れる事は出来なかった…。
ガチャ。
背後で扉の開く音がした。
顔だけ振り返り目をやると、そこにはクラスメートの少女が立っていた。
「…相沢君」
美坂香里。それがクラスメートの少女の名だった。
香里は、俺の方を見てあきれるような表情をしていた。
当然だ。自分でもあきれていた所だ。
「…こんな所で、何してるの?」
「別に。…アイスクリームでも食おうかと思っていた所だ」
「……」
「香里も一緒にどうだ?」
「……」
「なぜか、ちょうどふたつあるんだ」
「……」
「やはり、アイスクリームといえばバニラだろう」
「……」
無言で俺を見つめる香里。…深い悲しみの瞳で。
「……貰うわ」
そういうと、香里は俺の手からアイスクリームをひとつ取り上げ、隣に腰を下ろした。
「……」
「……」
無言で、もくもくとアイスクリームを食べる二人。
「……味がないわ」
「……俺もだ」
この寒さだ。当然、アイスクリームはなかなかなくならない。
「……」
「……」
更に、無言で木のスプーンを口に運ぶ二人。
「……この時期に外でアイスクリームを食べてるなんて、バカね」
「……ああ」
「だが、いいこともある」
「…なに?」
「この寒さだと、アイスクリームがなかなか溶けないんだ」
「……」
アイスクリームから目線を外し、俺の顔を見る香里。
「……」
「悪い事ばかりじゃない」
「……そうね」
そう言うと、再びアイスクリームに目線を戻し、木のスプーンを口に運んだ。
二人がアイスクリームを食べ終わったのは、予鈴のチャイムの音と一緒だった。
気がつくと、香里と二人でいることが多かった。
はずむ会話があるわけじゃない。どちらかと言えば、互いに無言の時が多かった。
それでも、俺達は二人でいる時間が多くなっていった。
そして…栞の話しをした。
…俺の知らない栞。
…香里の知らない栞。
悲しみはなくならない…。
それでも……思い出に変える事はできる。
栞に教えてもらった公園で。
噴水に腰をかけて。
気がつけば、辺りが暗くなっている事もあった。
俺達にはわかっていた…。
それが、互いに傷を舐め合っているのだということに。
でも、俺には香里が…香里には俺が……必要だった。
いつもの公園。
止まることを知らない噴水。
栞との思い出の場所。
でも……今、見つめているのは、栞ではなく香里だった。
「……」
「……」
香里の顔を見つめる。
香里が顔を見つめる。
言葉はなかった。
それでも……二人の顔は段々と近づいていき……。
……ひとつに重なった。
だけど……。
…開かれた香里の目。その先にあるもの。離れた唇から漏れた言葉。
「……名雪……」
そこに立っていたのは、香里の親友…。
そして………俺のいとこだった………。
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