暗闇…。
暗闇の中…。

(…………………どこ……?)

右を見ても左を見ても闇だけ…。
手に触れる物さえなく、そこには地面すらなかった。

(……ここは……どこ……?)

何もない、何も見えない闇の中に漂う。
過ぎゆく時間さえも感じない。

(………でも………)

一条の光さえ通さない暗闇。
しかし、そこは……。

(…………あったかい…………)

………全ては忘却の彼方に。





          『十六夜月下 〜繰想流転〜 』




人気のない山中。
降りしきる雨に濡れて戦う二つの影。
「行けいっ!火鷹っっ!!」
男の構えた刀から光が走る。

ずごんっ!!

しかし、影はその光を紙一重で交わす。
光は地面へと突き刺さり、辺りを眩しい光に包む。

ざざざっっ!!

鬱蒼と這える草を掻き分けて影が走る。
影は既にかなりの手傷を負っていた。
「逃がすかっ」
男が影の後を追う。
踏みつぶされた草が目印となり見失う事はない。
「っっ!?」
影の後を追う男の足が急に立ち止まる。
男の足下には草が生えていない。
それは、舗装された道路になっていた。
遠くから車の走り去る音が聞こえる。
「火鷹…。奴を感じるか?」
誰ともなしに男が呟くと、手にしていた刀から光が溢れ、光は古風な出で立ちの女へと変化していた。
「……………駄目です。雨月様」
「くっ……奴め、まさか人里に…」
男は唇を強く噛みしめ、眼下に広がる小さな街を見下ろした…。




こん、こんっ。

「…みなっ!!もう起きなさいっ!学校に遅れるわよ!?」
「…うにゅ……あと5分だけ………」
「駄目です。早く起きて身支度なさいっ」
「………」
目を瞑ったまま上半身をベットから起こす少女。
「………ふぁ〜い………」
そしてそのまま起きあがり、鏡台に向かって髪を梳く。
「………ふぁ……なんか変な夢見ちゃったな…?」
しかし、未だに目は瞑ったままだ。
「…………あれ?どんな夢だったっけ?」
ようやく目を開き、鏡に映った自分を見つめながら考える。
…そこにあるのはいつもの自分。
「………」
瞬きするごとに変わり行く年頃。
それでいて、決して変わることのない『自分』…。
「…まあ、いっか♪」
思い出せない『夢』を忘れて『現実』に向かう。
ふと時計に目が行く。
「………え゛っ?もうこんな時間っ!?」
少女は慌てて制服に着替え、部屋を飛び出した。

どたどたどた…。

「おはよう、お父さんっ!」
居間に駆け下り、立ったまま自分の分のトーストをくわえる。
「おはよう。水那」
読んでいた新聞のページを開きながら娘に目をやる父親。
「お母さんっ、なんでもっと早く起こしてくれないのぉっ!?」
「起こしましたよ。何度も」
台所から牛乳のたっぷりと入ったコーヒーを持ってきて、娘に渡しながらそう答える母親。
困ったものだという顔をしながら、その目は温かく笑っていた。
ごくごくと音を立てながら、コーヒーでトーストを流し込む。
「…んっ…。じゃ、行ってきま〜すっ!!」
「今日は寄り道しないで早く帰ってくるのよ」
慌ただしくも見慣れた朝の風景に、苦笑しながらそう呼びかける。
「え?なんで?」
水那はきょとんとして母親に問いかけた。
「まったく、この娘は…」
やれやれという感じで首を横に振る。
「…水那。14歳の誕生日、おめでとう」
「ああーっ!」
納得がいった、というよりは、驚いたといった声をあげる。
「…自分の誕生日を忘れる人がありますか」
「今日はお父さんも早く帰ってくるから、御馳走作って待ってますからね」
「は〜い♪」
満面の笑顔をでそう答えながら、水那は家を飛び出した。





夕暮れ…。
世界から色が消える瞬間。
夕闇に身を包み、街を歩く一人の男。
「…火鷹。奴を感じるか?」
男は、細長い包みを口元にあて、かすかに囁いた。
「………いえ」
どこからともなく声が聞こえてくる。
「…頼むぞ。奴が隠れたら、お前しか見つけられん。なんとしても、被害が出る前に見つけなくては…」

どんっ。

「あ!ごめんなさ〜いっ!!」
男に一人の少女がぶつかった。
「いや。こちらもよく前を見ていなかった…」
「ほんとに、ごめんねっ!おじさんっ!!」
少女はペコリと頭を下げながら走り去っていった。
「………………お、おじさん?」
どこからか、くすくすと笑い声が聞こえる。
「…なにが可笑しい?火鷹?」
「いえ、なんでもありません」



「う〜…遅くなっちゃったよ〜」

がちゃ。

「ただいま〜♪帰ったよ〜」
遅くなった負い目もあり、いつもより元気に挨拶をする。
既に父親も帰ってきているはずだった。
「…?」
しかし、返事がない。
「…お母さん?」
靴をぬぎつつ不思議に思って声をかける。
「…お父さん?」

………かりっ……。

家にあがると、居間の方から微かな音が聞こえる。

………かりっ……………かりかりっ……。

「…?」
水那は居間の方へ向かってみた。
「…誰かいるの?」
居間へと入ると、椅子に座った父親の背中が見えた。
「なんだ。やっぱりいたんだ」
居間では父親が先に食事をしていたようだ。
「遅くなって、ごめんなさいっ」
待ちきれなくて先に食事にしていたらしい。
「お母さんは?」
そう問いながら、父親に近づく。
「………?」
水那の足がぴたっと止まる。
「…お父さん?何………食べてるの…?」
父親は何かを抱えるようにして食べていた。
黒い西瓜のような物。
所々に赤い物がついている。
まるで………血のような。
「……これかい?」
振り向いて手にしていたものを水那に見せる。
「……………え?」
一瞬にして疑問が解ける。
母親がどこに行ったのか。
父親が何を食べていたのか。

…光のない瞳で娘を見つめる母親。

……血のついた口で笑って見せる父親。




「……………い………いやあああああぁぁぁぁっっ!!」



どすんっ。



後ずさろうとして、激しく後ろに尻餅をつく水那。
意思に反して足が動かない。
両膝ががくがくと震える。
「…水那も食べるかい?」
いつもの笑顔で…。
にっこりと笑ったいつもの笑顔で………母親の首を差し出す父親。
「ひぃっ!!……やぁ……なっ………いやぁ……」
…繰り返される日常。
いつもと変わらない父と母の笑顔。
「……やだぁ……やだよぉ……」
ぼろぼろ零れ落ちる涙が目の前の出来事隠していく。
………壊れるのは一瞬だった。
無意識に逃れようと、懸命に両手で後ろへと後ずさる。
だが、少しも後ろに下がらない。
「どうしたんだい?水那…。今日はお前のための御馳走だろう?」
母の首を手に、父親が近づいてくる。
変わらない笑顔が、余計に怖ろしい。
父親の手が、水那へと伸びる。
「…うっ……ぐすっ……お父さんっ……おとうさぁんっっ!!」
…悪戯を叱られた子供のように。
…おもちゃをねだる子供のように。
泣きながら父に呼びかける水那…。
……「やめて」と……。

ざしゅううううぅぅぅっっ!!

「ぐはあああっっ!!」
突然、目に飛び込む光。
叫び声をあげて飛びずさる父親。
「…見つけたぞっ」
いつの間にか、水那の後ろに一人の男が立っていた。
手に構えた日本刀。
鋭い眼光。
水那が先ほど道でぶつかった男だった。
「今度こそ逃がさぬ…。火鷹っ!!」
「はいっ」
男が叫ぶと、側に古風ないでたちの女が現れる。
そして、光と化し、刀に吸い込まれていく。
「…鳳凰燐気……火焔翼っ!!」
男の怒声と共に、刀から光が迸る。
横に転がり光を避ける父親。
その際に、投げ捨てた母親の首が、ごろんっと水那の目の前に転がってくる。
水那は………。

「……………っ………あは……あはははっ………」

………笑っていた………。

笑いながら母親を食べる父親。
目の前に首だけとなって転がる母親。
刀を持って父親に襲いかかる男。
光となって消える女。

……頭の中が真っ白になってゆく……。



…時間がたった。
数時間?もしかすれば数秒…。
水那は居間の片隅に座っていた。
…大事そうに母親の首を抱いて。
目の前の闘いも、水那の目には映っていない。
母親の首を抱く水那の目の前に、血塗れになった父親が転がり込んで来た。
「とどめだっ!!」
男が倒れた父親に刀を振り降ろす。
「………水那………」
「っ!!」
父親の口から漏れた言葉に、思わず身体が動く水那。
父親の前に飛び出し、庇おうとする。
男の振り下ろす刀のスピードが鈍る。

ずしゃっ…。

「きゃあああぁぁっっ!!」



…腕が落ちていた。

刀を握った腕が。
居間の隅に弾き飛ばされた水那の目の前に、切り落とされた男の腕が落ちている。
「ぐうぅっ……」
男が切り落とされた腕を押さえてうずくまっている。
側には父親が笑って立っている。
爪が異様に長い。鋭い刃物のようになっている。
「…娘………逃げろっ!!」
男が叫ぶ。
同時に父親の爪が閃く。
「がはぁっっ!!」
男が血飛沫をあげて床に倒れ込む。
「……て……」
「もうやめてっ!!お父さんっっ!!」
正気を取り戻し、父親に呼びかける水那。
……流れる涙に構わずに。
「…に…げろ……こいつは……お前の父親では……ない…」
「っ!?」
虫の息で、水那に告げる男。
「…こい…つは……食らった者の…姿と記憶を写す……化け物…」

……ざすっ。

「ぐふっ!!」
父親の爪が倒れている男の背突き刺さる。
爪を引き抜き、ゆっくりと水那の方を振り返る。
だが、その姿は母親のものとなっていた…。
「…おいで。水那…」
優しく手を広げて水那を呼ぶ。
…慈愛に満ちた母の笑顔で。
ゆっくりと…ゆっくりと、水那に近づいてくる…。
そして、水那へと手がかかる…。
「……お母さん……」
…水那は逃げない。
ゆっくり顔を伏せる。
その時。
水那の視界に、転がった母親の首が目に入った。

『…食らった者の…姿と記憶を写す……化け物…』

「っっ!!」
…父と母を殺した化け物。
目の前にいるのは母親ではない。

だんっ!!

飛び退いて手を伸ばす。
男の切り落とされた腕に握られた刀に手がかかる。
母親の顔に、焦りが浮かぶ。
しかし…。

「くぅ………っっ」

………重い。
非力な少女である水那には、その刀は重すぎて持ち上がらなかった……。
「……くくっ……はははっ……」
母親が笑い声をあげる。
いや、もはや母親の姿ではなかった。
その姿は見たことも無い異形の姿へと変わっていた…。


………憎い………。
…この化け物が…。
優しかった両親を食らったこの化け物が。
幸せだった日常を壊したこの化け物が。
何も……………何も出来ない自分が。


「っ!!」


…目が眩む。
血液が流れ出るような感触…。
かわりに熱いような何かが込み上げてくる…。
頭の中が……………真っ白になってゆく。



『………い、もういいよ…。自分で出来るから』



懐かしい声が…。



『…名前を呼んでよ…あの頃みたいにっっ!!』



大事なものが…。



『どうしたら…あなたはもっと自分の為に笑ってくれる?』



愛しくて切ない思いが…。










『…十六夜…』










「…………耕……介…様……」



…水那の口から言葉が零れる。
同時に刀から光が立ち上る。
慌てて化け物が水那に襲いかかろうとする。
「っっ!?」
だが、その足を男の残った手が掴んでいた。

水那が軽々と刀を持ち上げる…。

「……神気……発勝……」

眼前に刀を水平に構える…。



「……真威……………楓陣刃っっ!!」







……光が溢れた……。

そして、全てを包んでゆく……………。















桜が鳴く…。
満開の桜がざわざわと…。
「………」
水那は桜並木を歩いていた。
…まだ、気持ちの整理がつかない。
思い出した記憶を元に、ここまでやって来た。
しかし、さざなみ寮を訪ねる勇気がない。
…あれから15年の年月がたっていた。
きっと、耕介も既に良き伴侶と結ばれ、可愛い子供でもいる事だろう。
今更逢っても……耕介の幸せを壊すことになるだろう。
第一、今の自分は昔の自分とは違うのだ…。
逢ったところで、この姿が十六夜だとは分るはずがない……。
「………」
水那にした所で、耕介の顔を知っている訳ではない。
……それでも。
水那はここに来ずにはいられなかった……。



「………にゃんこ〜、まて〜〜〜っ♪」
…桜並木の奥から、子供の声がする。
水那は、何となく声のする方に行ってみた。
一面に広がる花畑。
7、8歳くらいの女の子が猫と戯れている。
「?こんにちわっ、おねえちゃんっ♪」
水那に気づき、遊んでいた猫を放り投げて挨拶をする女の子。
「こんにちは。こんな所で何してるの?」
「ご飯ができるまで遊んでるのっ♪お姉ちゃん、一緒に遊んでくれる?」
「いいわよ。……あなたの名前は何て言うの?」
「さくらっ!!かんざきさくらっ!!」



何度も作った花の冠…。
神咲の子供達に…。
…もう、作ることは出来ないはずだった。
「…はい。出来たわよ」
花の冠を、幼い『神咲』の頭に乗せる。
「わ〜いっ♪ありがとう、お姉ちゃんっ」
無邪気に喜ぶ桜。
…この子が耕介の娘かも知れない。
もしかしたら、薫と結ばれたのだろうか?
………やはり、逢うべきではない。
今の自分は、耕介の幸せを素直に喜べないから……。
………そう思った時。
「桜ぁーっ!ご飯だぞーっ!帰っておいでーっ!」
「っっ!?」
懐かしい声…。
記憶の奥底にある声が、目の前の女の子を呼んでいた。
「あ。もう行かなきゃ」
桜が声のする方に走っていく。
あの声で……もう一度名前を呼ばれ……抱きしめられたら……。
思わず走り出しそうになる。
しかし…。
…それは耕介の幸せを壊す事にならないだろうか?
その思いが、水那を押しとどめる。
せめて…。
せめて、耕介の顔だけでも見てみたい…。
我慢できずに、のろのろと立ち上がる。
そして、ゆっくりと桜の後を追う。



「さくらぁーっ!!」
「耕介おじさんっ!!」
満開の桜並木の中から、桜が飛び出す。
「おっ、さく……っ!?」
水那も桜並木からそっと出る。
「……桜?……それは……どうし…たんだ……?」
じっと耕介と桜のやりとりを見つめる水那。


「…耕介様…」
ぽつりと耕介の名を呟く。
「…やっぱり……やさしそうなお顔で…」
飛び出したい気持ちを、ぐっと抑える。
目の奥が熱くなる。


「あのお姉ちゃんに貰ったのっ!!」
桜が水那の方を指さす。





……わかるはずがない……。

髪の色が違う。

瞳の色が違う。

それでも。

それでも、耕介は走り出していた。

そして。

そして、水那を……十六夜を……強く抱きしめた……。










「……お帰りなさい……」



「……ただいま……。……耕介様……」













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