桜が鳴く…。
満開の桜がざわざわと…。
流れるように駆け抜ける花弁。
「今年も…桜は満開ですね…」
頬に触れる花弁の感触が、そう教えてくれていた。

(…………………………た…)

「………?」

(…………は…………ちた…)

「…耕介様?」
どこからか聞こえる声に、愛する人の名を呼ぶ。
今日は外出しているが、そろそろ戻る頃だ。
家の者には告げずにここに来ていたが、彼ならばここにいると分かるはず。
「………」
しかし、返事はない。
聞こえるのは、桜の鳴く声だけ…。

(………時は………満ちた…)

ゴオオオオォォォウゥッッ!!

「っ!!」

一際強い風に髪を押さえる。
風が収まると、辺りは再び静寂が支配していた…。

「今の……は…?」

…不安が胸を支配する。
凶事の前触れ。
何か…良くない事の兆しではないかと。

「……ただいま」

愛する人の声が聞こえる。
……告げるべきか?
だが……。

「…お帰りなさい…。耕介様」

今は……。
今だけは……。





          『十六夜月下 〜鬼哭咆吼〜 』





「義兄さん、お久しぶり。元気そうやんね」
「ああ。和真も元気そうだな」
神咲和真。『神咲一刀流』伝承者。
『一刀流』の伝承者とはいえ、少なからず霊力を持つ身。
時折ある『依頼』により、出歩く事となる。
今回は、近くまで来たので足を伸ばし、姉と義兄がいる、このさざなみ寮に寄ったのだった。
「十六夜も元気そうで何よりじゃっど」
「…はい。和真もお体は変わりありませんか?北斗と那美も風邪などひいてはいないですか?」
「相変わらず心配性やんね」
苦笑しながら答える。
「二人とも元気よ。もう、そげん子供じゃなかど」
「…子供ですよ。いつまでたっても」
微笑みながらそう答える十六夜。
その顔は…少し寂しそうだった。
「薫姉も元気?」
「ああ、相変わらずだよ」
耕介は苦笑しながらそう答えた。
「義兄さんはまだしも、姉さんはちっとも帰ってこん。こっちに、誰か良か人でもおっとね?」
「いや。そっちも相変わらずだよ」
今度は二人で苦笑する。十六夜も困ったような顔をして笑っていた。
「今晩は泊まっていくんだろ?」
「そうね…。迷惑でなければお願いしたいんやっけど…」
「迷惑だなんてとんでもない。薫も喜ぶよ。夕食は期待しててくれ」
「義兄さんの料理は美味かで楽しみじゃっど」
意外とそれが目当てだったのかも知れない。
「さて。じゃあ、夕飯の買い出しにでも行ってくるよ」
そう言って、リビングの椅子から立ち上がる耕介。
「十六夜、和真の話し相手を頼むよ。薫もそろそろ帰ってくるだろうしね」
「………」
しかし、十六夜は応えない。
「…十六夜?」
怪訝そうに愛する人の名を呼ぶ。
「…は、はい。耕介様」
今度は慌てたように十六夜は応えた。
「…どうした?最近、ぼーっとしてる事が多いけど…具合でも悪いのか?」
「い、いえ…大丈夫です。行ってらっしゃいませ」
「…ああ?…行って来るよ」
そして、耕介はさざなみ寮を後にした…。



「…おっ!?和真!!もう来ちょったとね」
戻ってきた薫が、和真の背に声をかける。
片手には『御架月』が握られていた。
『仕事』の後なので、御架月は眠っているようだった。
和真は、リビングのソファーに腰掛け、『十六夜』を抜いて刀身を見つめていた。
側には十六夜も立っている。
「………」
しかし、返事がない。
和真の脇に立っている十六夜も、薫を見ようともしない。
「…和真?十六夜?」
怪訝に思い、二人に近寄る薫。
「………時は………満ちた…」

ぽつり。

和真の口から、言葉が漏れる。
「和真?なにを言っ……」

…ざすっ。

和真が振り返る。『十六夜』を手に。
「…なっ…?」
薫の背に、光の柱が伸びていた。
『十六夜』の刀身。
それは、薫の胴を突き抜けて生えていた。
「な……んで…」
和真が『十六夜』を捻りながら引き抜く。

ざしゅっ。

薫がその場に崩れ落ち、みるみる赤い物が床に広がっていく。
「薫様っっ!!」
崩れ落ちた薫の持っていた『御架月』から、御架月が現れた。
薫の異変を感じ、飛び起きたのだ。
「姉様っ!和真様っ!これは、いったいっ!?」
倒れた薫を抱きかかえる御架月。御架月にはこの状況が理解できない。
血塗れになった薫。
『十六夜』の刀身についた血。
このことから、導かれる結論。
しかし、そんな事が…。
「………」

ひゅんっ。

和真は無言で『十六夜』を一振りし、刀身についた血を振り払う。
そして…。
「…待っている…」
一言。
それだけ言い放ち、リビングの窓から消えていった。
…十六夜と共に。
「…姉様っ!…和真様っ!!」
御架月にはどうしたらいいか分からなかった。
朱に染まっていく薫を抱きしめながら。
ただ、二人の名前を呼ぶ以外には…。



「薫っっ!!」
病院へ駆けつけた耕介は、集中治療室へと駆け込んだ。
「耕介さん…」
「耕介様っ!」
中には、従姉妹であり、さざなみ寮のオーナーである愛と、御架月、そして………横たわる薫がいた。
「一体何があったんですか!?薫の具合はっ!?悪いんですかっ!?」
薫の姿を見て、一気にまくしたてる耕介。
耕介がさざなみ寮に戻ると、リビングにはまだ乾いていない大量の血の跡があった。
それと、薫が怪我をして病院に運ばれたとの簡単な愛の書き置きが。
「………」
「………」
耕介の質問に押し黙る二人。
それでも、少しして、ようやく愛が口を開いた。
「…私にも分からないんです……私が帰ると……リビングで薫さんが血塗れで倒れてて…」
感情のこもっていない声で答える愛。
「…みかちゃんが『癒し』をかけてくれてたんで、なんとか息がありましたが…」
…必死に泣き出したいのを堪えているのだ。
「…出血が多くて……助かるかどうか……今晩が……峠だそうです…」
「っ!!」
愛の言葉に愕然とする耕介。
「でも…薫さんなら……きっと大丈夫ですよっ」
…耕介を。…そして自分を慰めるように、無理をして明るく振るまう愛。
その姿は、あまりに痛々しく耕介の目に映った。
「……?十六夜と…和真は?」
二人がいないのに気がついた耕介。
薫が瀕死の重傷だと言うのに、二人がいないのは変だった。
「……姉様…と…和真様は……」
耕介の言葉に御架月は動揺を隠せない。
御架月は……苦しそうに……口を開いた。



「…そんな…そんな、バカなっ!?」
御架月から事の成り行きを聞いた耕介。
だが、それはにわかには信じられない内容だった。
和真が…十六夜が二人を傷つけた…。
……殺そうとしたと言う事に。
ここの所、十六夜はぼーっとしてることが多かった。今日の出がけもそうだった。
しかし、だからと言って、二人が薫を傷つける事はあり得ない。
薫は…和真の大事な姉であり、十六夜にとっては……『子供』でもあるのだから。
「………」
…何かが起こっている。
自分には分からない何かが。
「『待っている』……和真はそう言ったんだな?」
そう言って、拳を強く握りしめる耕介。
「うん…」
…行かなくてはならない。
何が起こっているのか。それを確かめに。
「愛さん……。薫のこと…頼みます」
「は、はい。…耕介さん…まさか?」
青ざめた顔で問いかける愛。
「…確かめてきます。本当にあの二人が…」
ぎゅっと握りしめた拳から、血の色が引いていく。
「耕介様っ!それは危険ですっ!!姉様も…和真様も……正気じゃなかったっ!!」
必死に耕介を止めようとする御架月。
「それでも…」
それでも確かめなくてならない。
二人とも……自分にとって……大切な人なのだから。
「…行ってきます。薫が目を覚ましたら、何が食べたいか聞いておいて下さい」
少し微笑んで、そう愛に告げる耕介。
しかし、もし二人が正気でないのなら……自分は生きては戻れない。
和真は『神咲一刀流』の伝承者。薫よりも剣の腕は上だ。
しかも、今は『霊刀・十六夜』を手にしている。
「耕介様っ!僕も行きますっ!!」」
思い詰めた瞳で耕介を見つめる御架月。
「御架月……」
確かに、手ぶらで戦いになれば耕介に勝機はない。
しかし、『御架月』を使うと言う事は…。
「だけど……もしかしたら十六夜と……戦う事になるかもしれない…」
…それは、御架月が姉と戦うという事。
「………」
無言で耕介を見つめる御架月。
「それでも……それでも、力を貸してくれるか?」

こくっ。

無言で頷く御架月。
「今の僕があるのは…薫様と耕介様のおかげです。それに…それに、姉様を放ってはおけませんっ!!」
御架月の意志は固かった。
「でも……でも、僕よりも耕介様の方が……」
……そうなれば、耕介の方が辛い。
御架月はそう言いたかった。
十六夜は…耕介の愛する人なのだから。
「だから……俺が行かなくちゃ」
そう行って、御架月に微笑みかける耕介。
悲しい笑顔で。
……待ってる。
和真はそう言った。
だが、どこで?和真の行きそうな場所などこの辺りにはない。
………十六夜。
十六夜ならば……あそこに居るはずだ。
……二人が結ばれた、あの場所に。



月が出ていた。
満開の桜が満月に煌々と照らされていた。
それに応えるように満開の桜がざわざわと鳴く。
流れるように駆け抜ける花弁。
そこには抜き身の刀を携えた男が立っていた。
そして側には、金色の髪をした美しい女も。
だが、二人に会話はない。
聞こえるのは、桜の鳴く声だけ…。

ざっ。

「…十六夜……和真…」
耕介はそこに来た。
満開の桜の元に。愛する人と結ばれた場所に。
真実を確かめる為に。
「…来たな…」
答えたのは和真。
「………」
十六夜は応えない。
「姉様…?」
御架月の声にも応えない。
和真はいつもの口調ではなかった。
十六夜に至っては、目に意志の光が見られない。
いったい、なにが…なにが、二人の身に?
「…和真…十六夜……本当にお前達が薫を傷つけたのかっ!?」
問いかける耕介。
「………」
だが、和真は答えない。
「十六夜っ!!」
愛する人の名を呼ぶ。
「………」
十六夜も応えない。
「…十六夜はもういない…」
「っ!?」
和真の口から放たれた言葉。
それは、地の底から響くような声だった。
「…貴様が死ねば、完全になっ!!」
和真が地を蹴り、間合いを詰める。

がきぃっ!!

和真の振るった『十六夜』を鞘に入ったままの『御架月』で受け止める。
「くっ…」
徐々にだが、耕介が押されていく。やはり剣の腕では、和真の方が上だ。
だが。
「十六夜に……何をしたあぁっっ!!」
耕介が声と共に和真を押し返す。
そして、『御架月』を抜く。激しい怒りの形相で。
「姉様っ!!」
御架月が十六夜に呼びかける。
「………」
だが、やはり十六夜は応えない。
「無駄だ…もはや、な」
和真が眼前に『十六夜』を水平に構える。
「どういう意味だっ!?」

ひゅんっ。

答えの代わりに、刃が閃く。
…速い。
かわし損ねた耕介の頬に、赤い筋が走る。
そして、間をおかずに刃を返す。
「くっ!!」
後ろに飛び、間合いを取る耕介。
「……400年の長き年月……時は満ちた……」

ざざぁっ!

和真が間合いを詰める。
素早く『御架月』を構える耕介。

きんっ。きんっ。

次々と繰り出される和真の刃をなんとか受け流す耕介。
「お前を殺せば完全に復活できる…」
「…復活?…400年?…まさか……まさかお前はっ!?」
御架月の顔が青ざめる。
「くっくっくっ……あの時の小僧か。そうだ。貴様を殺したのは我だ」
和真の頬が僅かに吊り上がる。和真は…笑っていた。
「っ!!お前はあの時…あの時確かに死んだはずじゃなかったのかっ!?」
御架月の脳裏に走馬燈のように過去の記憶が蘇る。
「…死んだよ。確かにな。だからあの時、この『十六夜』に憑いたのだ。…あの祓い師も気がつかぬ程、ほんの僅かな意識だけだったがな」
「…異形…」
耕介の口から漏れた言葉。
…それは400年前。
幼い二人の兄弟を殺した異形。
その異形は祓い師に滅ぼされたが、僅かに残った意識が『十六夜』へと、取り憑いた。
そして400年に渡り……神咲一灯流の使い手の霊力と、滅ぼされた妖の邪気を食らって……成長した。
…少しづつ……少しづつ。
「…お前を殺せば、十六夜の意識は完全に消え…『十六夜』は我の物となる」
再び和真が眼前に『十六夜』を水平に構える。
「……神我…封滅……」
和真の霊気が高まっていく。
「…神咲…無尽流…」
十六夜の姿が光へと変わり、『十六夜』へと吸い込まれていく。

ぼう!

「なっ!?」
『十六夜』に明かりが灯る。
和真の力か。十六夜の力か。
それは分からなかった。
だが、異形は『神咲』の技を使える。
もはや…戦いは避けられない。
「………」
耕介も眼前に『御架月』を水平に構える。
「……神気…発勝……」
耕介の霊気が高まる。
熱いものが『御架月』へと流れ込んでいく。
「…神咲…一灯流…」
御架月の姿が光へと変わり、『御架月』へと入っていく。

ぼう!

『御架月』に明かりが灯る。
満月の明かりの下…。
満開の桜が散り行く中で…。

「……真威…洸桜刃ぁぁ!!」

「……真威…楓陣刃っっ!!」

『十六夜』と『御架月』から光が放たれた。

ばしゅううぅっ!!

放たれた光と光が、和真と耕介の間ではじける。
轟音と衝撃が耕介を襲う。
「……追の太刀!」
「嵐!!!」
すかさず追い打ちをかける和真。
「耕介様っ!!…疾!!!」
姿勢を崩した耕介の腕が自然に和真の方へと向き、二撃目を放つ。
御架月だ。

かぁっ!!

ぶつかりあった光が耕介の瞼を焼く。
その隙に和真が間合いを詰め、上段から『十六夜』を振り下ろす。
「くっ!!」

がぎぃぃぃんっ!!

横にした『御架月』に手を添え、なんとか受け止める耕介。
「真威・紫陽礫!!」
打ち合ったままの状態で、『十六夜』から無数の光の礫が放たれる。
「っ!!焔!!!」
『御架月』から光の膜が立ち上り、光の礫を弾く。
そして、そのまま広がり、和真を包もうとする。
「ちぃっ!!」
慌てて飛びずさる和真。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
肩で息をする耕介。
防ぎはしたものの、最初の数発は確実にくらっていた。
……このままでは勝てない。
技は和真…異形が上だ。
霊力ではこちらが勝っている。
だが、『御架月』は放出型だ。
膨大な霊力を持つ薫が扱うならばまだしも、耕介が扱うには、あと数度も打ち合えば動けなくなる。
そして、なにより…。
…異形は『十六夜』に憑いている。
異形を倒す為には、『十六夜』を破壊しなくてはならない。
それは、同時に……十六夜をも殺すことになる。
「………っ」
耕介の動きが止まる。
だが、その一瞬に和真が足下を薙ぎ払う。
「はっ!!」
後ろに跳び、その刃をかわす。
だが。
「っっ!!」
和真の振るった『十六夜』の切っ先が、地をかすめる。
それと同時に、巻き上がった土が、耕介の目に入る。
最初からそれが狙いだったのだ。
「死ねっっ!!」

ざしゅううううぅぅぅっっ!!

「ぐはぁっ!!」
耕介の左肩から袈裟懸けに、赤い筋が走る。
同時に、血飛沫が桜を染め、耕介が片膝をつく。
「とどめだぁっっ!!」
和真が上段に『十六夜』を振りかぶる。
「耕介様っっ!!」
「っっ!!」
思わず目を閉じる耕介。もはや、『御架月』を持ち上げる力はない。





桜が鳴く…。
満開の桜がざわざわと…。
「………?」
覚悟を決めた耕介だったが、いつまでたっても最後の一撃が来ない。
「くっ……身体が動かん?…くたばりぞこないがっ……邪魔をするなっ!!」
和真は『十六夜』を上段に構えたまま動かない。
「…耕介……様…」
暖かいものが、耕介を包んでいた。
耕介が目を開けた時。
そこにあったのは、十六夜の胸。
「…十六夜…?」
十六夜が耕介に覆い被さっていた。
抱きしめるように。
「……耕介様……私の…我が侭をきいて下さいますか…?」
「…十六夜…何を?…っっ!!」
十六夜の手を取ろうとして、苦痛に顔を歪める耕介。
「私を…『十六夜』を天に帰して下さいませ…」
「っっ!?」
「姉様っ!!」
十六夜の願いに驚く二人。
「灯真様がおっしゃっておりました…」
「『心から望めばいつだって、死ぬことができる』『この冷たい刃から離れて、いつだって安らかな天に、帰ることができる』…と……」
微笑みながら…。
涙を浮かべながら…。
「…もはや、異形は私と同化しております。私がそう望めば、異形を葬り去る事ができます。…でも……でも……」

つぅぅ。

光りの雫が…十六夜の頬を濡らす。
…愛する人。
…愛する弟。
その二人を前にして、心からそれを望む事ができる者がいるだろうか…。
だから…。
「だから……せめて、二人の手で……」
「姉様っっ!?そんなの嫌だよっ!!」
泣きながら十六夜に訴える御架月。
「やっと…やっと幸せになれたんじゃないかっ!これからだろうっ!?」
あまりに不幸な二人の姉弟…。
長い長い年月の果て……ようやく手に入れた人並みの幸せ…。
「御架月…。私はもう十分に幸せでしたよ…」
「……姉様……」
「…一度は死した身でありながら……もう一度あなたを抱きしめる事ができて…。そして……」
耕介を抱きしめる手が、ぎゅっと強くなる。
「…思い通じられる方と……抱きしめ合えて…」
強く抱きしめられた手から、十六夜の決意が伝わってくる…。
「…十六夜…」
「…もう、時間がありません。そんなに長い間は押さえておく事はできませんから…」

…すっ。

十六夜が耕介の体から離れる。
つられるように、和真が二、三歩、後ずさる。
そして………『十六夜』を天に掲げる。
「くうっ……止めろっ……止めろぉっっ!!」
和真の口から、異形の言葉が漏れる。
「……お願いします……耕介様……シルヴィ……」
温かい目で。
哀しいまでに温かい目で。
十六夜は愛する人達を見つめた。
「…ねえ……さん…」
御架月には分かった。
もう、何を言っても姉の意志を変える事は出来ないと。
「耕介様……僕からも…お願い…します……。姉様を……姉様の魂を……救って下さい…」
目を伏せ…泣きながら耕介に願う御架月。
「………」
耕介は応えない。
誰より…。
誰より十六夜の事を知っていたから。
十六夜の哀しさも。
十六夜のつらさも。
十六夜の優しさも。
「……くぅっ……」
『御架月』を杖に、痛みを押さえながら立ち上がる。
「……十六夜……」
そして『御架月』を眼前に水平に構え……。
「……愛している……」
愛する人の顔を見つめ……。
「……この世で唯一人……」
「耕……介様…」
十六夜の頬を止めどなく涙が伝う。
零れ落ちた涙が、散った桜の花弁を濡らす。

ぐんっ。

『御架月』に熱いものが流れていく。
初めて十六夜と出会った日の事…。
十六夜の哀しみを知った日の事…。
想いを確かめあった日の事…。
重ねた肌の温もりの事…。
何もない…平和で……幸せだった日々の事…。
…耕介の………想いの全てが。

「………神咲…一灯流………」

ぼうっ!

「………終の太刀………」





「………紅ぃっっ!!!」









…………………………ぱきんっっ…………………………。










…耕介は泣かなかった。
……笑っていたから。
愛する人が……最後まで笑っていたから。


ただ…。

満月の中…。

満開の桜が…。


……泣いていた……。










「…義兄さん。桜を見ませんでしたか?」
「?さっき、裏山の方に遊びに行ったみたいだけど。ちょうど桜も満開だしね」
…15年の年月が流れた。
霊刀を亡くしたからと言って、耕介の霊力がなくなった訳ではない。
耕介は、相変わらずさざなみ寮の管理人として働きながら、祓い師としての仕事を続けていた。
…これ以上、悲しい人をつくりたくない。
それが愛する人の願いだったから。
「まったく、誰に似たんだか…」
「薫様でしょう?」
「御架月っ!!」
御架月が薫をからかう。
薫は、一命を取り留め、医師の矢沢の献身的な介護により、元通りに元気になった。
そして、それが縁で矢沢と結婚し、今では鹿児島に戻り、桜という八っつになる子供がいる。
「じゃあ、僕が探して来ますっ!」
これ以上はまずいと思った御架月が、逃げの体制に入る。
「いいよ、御架月。お客様なんだから、ゆっくりしてて」
そんな二人のやりとりを見て、苦笑しながら耕介が申し出る。
「食事の用意も出来たし、散歩がてら俺が探してくるから」
耕介はそう言って、姪っ子を探しに出かけた。



「桜ぁーっ!ご飯だぞーっ!帰っておいでーっ!」
満開の桜の中を姪を呼びながら歩く。
「さくらぁーっ!!」
この先何年たとうとも…耕介はこの地を離れるつもりはなかった。
ここは……愛する人が眠る場所なのだから。
「耕介おじさんっ!!」
満開の桜並木の中から、突然姪が現れる。山の中に入っていたのだろう。
「おっ、さく……っ!?」
元気な姪を見た瞬間。
…耕介は、言葉を無くした。
「……桜?……それは……どうし…たんだ……?」
耕介は姪を指さした。
…姪の頭を。
そこには……花の冠が頂かれていた。
「あのお姉ちゃんに貰ったのっ!!」
嬉しそうに満開の桜を指さす。
そこには……。



……そこには一人の少女が立っていた……。

髪の色が違う。

瞳の色が違う。

それでも。

それでも、耕介は走り出していた。

そして。

そして、その少女を……強く……強く抱きしめた……。










「……お帰りなさい……」



「……ただいま……。……耕介様……」













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