「ねえ、あなた」

        出会いたくなかった。



「また来たよ」

あなたと        



「やっと見つけた」

        惹かれていく。



「ほら、そんなことないって」

その笑顔に        



「うんうん。分かるよその気持ち」

        果たさなければならない。



「ねぇ、ねぇ、それならケーキ作ろうよ」

私の                 使命。










 『 gate         keeper 』






満月。
学校の屋上。
月の光に照らされる人影。
冷たい夜風に身を任せながら、左手でフェンスの金網を強く握っている。
いつからそうしていたのだろうか。
指先が青白くなっており、血の気がない。
顔色が青ざめて見えるのも、月の光のせいだけではないだろう。
「やっぱり…あの人なの?」
消え入りそうな声で呟く。
大きな声で話す必要はなかった。いや。声に出す必要すらない。
屋上にはその人影しかいないからだ。
それでも口に出してしまうのは、認めたくはない現実を、認めなくてはならないからだろう。
そのままの姿で、身じろぎもせず、時を過ごす。
やがて、校門から校舎に入ってくる男の姿が視界に入った。
その瞬間。
右手に持っていた、細長い包みを握る手に力が入る。
そして、月明かりに男の顔が照らされ、わずかに見える。
「そんなことないって…信じたかった」
辛い現実を受け入れる。
いや。これから、辛い現実を受け入れなくてならない。
そんな、声だった。
ようやく、フェンスから左手を離す。
そして、右手に持っていた、細長い包みを開けた。
その中身が、月の光に照らされ、妖しく光る。
…それは、細身の諸刃の剣だった。
曇りひとつない刀身に、顔が写る。
今にも泣きそうな少女の顔が…。



「里村さん、休みなのかな」
幼なじみの瑞佳が浩平の元にやってきて、そう訊いた。
朝のホールームが終わり、1時間目が始まるまでの、わずかな短い時間だった。
「どうだろうな…」
窓の外に目をやり、降り続く雨を鬱陶しそうに見つめながら、浩平はそう答えた。
クラスメートの里村茜はホームルームの時間には教室にいなかった。
休みなのかも知れないし、ただの遅刻かも知れない。
「でも、茜が休むのって滅多にないけど」
その言葉に、浩平も素直に頷く。
「確かにな」
茜が休んでいるところはおろか、遅刻したところすら、浩平は見たことがない。
まあ、遅刻に限って言えば、浩平の方が遅く来る場合が多いので、目につかないだけかも知れないが。
どちらにしろ、滅多にないことだ。そう思い、浩平は瑞佳に目をやった。
「…どうしてお前がここにいる?」
だが、浩平の言葉は、瑞佳に向けられたものではなかった。
瑞佳の隣には、見覚えのある、ここには居るはずのない少女の姿があった。
先程の言葉は、その少女からなされたものだ。
よく目立つ他校の制服に身を包んだ少女。
茜の幼なじみ。柚木詩子だった。
「居たらいけないの?」
悪びれる様子もなく、そう答える詩子。
「あ、た、り、ま、え、だ」
詩子は、ことある毎に浩平の学校に来ていた。ここのところ、毎日と言ってもいい。
浩平には、どうして誰にも注意されないのか不思議でならなかった。
「暇だったのよ」
にっこり微笑みながら、そう答える。
しかし、目線はわずかに浩平からそらされていた。
…詩子は、嘘をつくときに、そんな癖があった。
「暇でも来るなっ。…いったい、いつの間に忍び込んだんだ」
そんな、詩子の仕草に気づかず、浩平は詩子を廊下へと押しやった。
「え〜?最初からいたけど?」
懸命にふんばりながらも、徐々に廊下に押されていく詩子。
浩平は、詩子にすら気がつかない担任の髭が、茜がいない事に気がついたは奇跡ではないかと思った。
「…家は出たんですか?」
「あー、それは間違いないそうです」
二人が廊下に出た時、廊下の端で1時間目の担当と髭が話していた声が耳に入る。
「…え?」
その声に、浩平は動きを止めた。
「茜…なんで来てないんだろう?」
詩子も抵抗するの止め、考えを巡らす。
二人は、なんとなく窓の外に目をやった。
叩きつけるような激しい雨が、窓を打ちつけている。
「…まさか」
「もしかして、茜…」
二人は、廊下を走りだしていた。
目的地は分かっていた。あの空き地だ。
いつも茜が立っていた場所。
哀しそうな瞳で…。何かを待ち続けて…。
雨の通学路を全力で走る。
その為、詩子は浩平からどんどん離されていった。
浩平が空き地に着いた時には、既に詩子の姿は見えなくなっていた。
そして、浩平の目に映ったのは………空き地に佇む茜の姿だった。
叩きつける雨。傘も差さずに空き地に立ちつくす茜。
とても正気には見えない。
「………よ…かった」
浩平の姿を見て、茜が呟く。
「茜…っ」
浩平は急いで茜に走り寄った。
「…よかった……帰って来てくれた……」
抱きかかえるようにして、その両肩をしっかりと掴む。
「おいっ!茜っ!しっかりしろっ!」
肩を揺さぶりながら茜に呼びかける。
だが、茜には浩平の声は届いていない。
「……もう…どこにもいかない…」
そう言うと、茜の体から、ふっと力が抜けた。
張りつめた糸が切れたように。
「あかねっ…!」
茜の名を叫びながら、その体をしっかりと受け止めた。
その時、二人にスッと傘が差し出される。
浩平が傘の持ち主に目をやると、詩子が微笑みながら二人に傘を差しだしていた。
「…柚木」
傘を持っていたとは思えないほど、ぐっしょりと濡れている。
「…とりあえず、茜の家に運びましょう」
そう言いながら茜を見つめる詩子の目には、やさしさと…哀しさが溢れていた。
茜の家に辿り着く頃には、三人とも体が冷え切っていた。
途中、浩平も詩子も無言だった。
茜の家には、母親がおり、二人は母親に茜を任せた。
詩子がいたお陰で特に問われる事はなかった。
もし、浩平一人なら、色々と詮索されたことだろう。
もっとも、浩平は茜の家を知らなかったので、そうなることはなかったはずだが。
茜の母親の薦めで、浩平と詩子は風呂を借り、交代で入った。
浩平は詩子の後に入ったが、風呂から上がった時には、茜の母親の姿も、詩子の姿もなかった。
茜の部屋にいるのだろう。そう思い、浩平は茜の部屋に向かった。
茜を運び込んだ時、部屋まで運んだので場所は覚えている。
コンコン。
「折原君?…開いてるわよ」
中から詩子の声が聞こえ、浩平はドアを開け中に入った。
「…茜のおかあさんは?」
部屋の中には、眠っている茜と、それを見守る詩子しかいなかった。
「風邪薬、買いにいってくるって」
ベットで眠る茜の手を握りながら、床に座っている詩子が、振り向きながら答えた。
「…そうか」
浩平も、頷きながら詩子の横に座る。
静寂が部屋を包む。
しばらくして、先に口を開いたのは浩平だった。
「…なあ、柚木…?」
「なに?」
詩子は茜の方を見ながら答える。
「茜…なんで、あの空き地にこだわるんだ?」
「……」
浩平の問いに押し黙る詩子。
「…いや、答えたくないんだったら…」
「昔…」
浩平が話しを打ち切ろうとした時、詩子の口が静かに開いた。
「幼なじみがいたの…。私と茜と……もう一人………男の子がね」
「だけど、その男の子は遠くに行ってしまった…」
詩子は話しながらも浩平を見ようとはしなかった。
「その男の子と、最後に別れたのが…」
「あの空き地という訳か…」
浩平は、話しを聞く前からなんとなくそんな気がしていた。
茜は…その幼なじみの男の子を、一人の男性として見ていたのだろう。
そして、詩子はそんな茜をずっと支え続けて来た…。
詩子の普段の陽気さは、茜の悲しみを癒す為の仮面なのかもしれない。
いや。もしかしたら、その仮面は詩子自身の悲しみを隠す為の仮面なのかも…。
…自分と同じように。
浩平はそんなことを考えていた。
「……ん…」
眠っていた茜の口からが、かすかに声が漏れる。
どうやら、目を覚ましたようだ。
「……」
微動だにすることなく、そのままの姿勢で詩子を見つめる茜。
茜には、まだ状況が理解できていなかった。
「大丈夫?茜?」
そんな茜に、詩子は優しく語りかけた。
「……」
だが、茜は答えない。
まだ記憶が混乱しているらしい。
「倒れたんだよ。あの空き地でな」
浩平は、できるだけ穏やかに、言い諭すように話しをした。
「……」
今度は、じっと浩平の顔を見上げる。
「…………倒れてた……空き地で……」
蚊の鳴くような声で浩平の言葉を繰り返し、状況を理解しようとする茜。
「いいの、いいの。今は、考えなくても。でも、折原君が茜の家まで背負ってきてくれたんだから、後でお礼くらいは言っとかないとね」
茜が意識を取り戻したのせいもあり、いつもの陽気さで茜に語る詩子。
「…そうでしたか………ありがとうございます。…見ず知らずの方に…」
「!!」
茜がそう言った瞬間、浩平の顔が青ざめる。
「茜……なにを言って…」
茜に問う詩子の声は…微かに震えていた。
「い、いや。いいんだ、柚木。茜は疲れているんだから、休ませてやれ」
浩平は慌てて立ち上がり、詩子と茜に背を向けた。
「じゃあ、俺はもう帰るから」
そう言うが早いか、浩平は茜の部屋を後にしていた。
バタンッ。
ドアが閉まった後に、茜が詩子に尋ねる。
「詩子の…知り合いの方ですか?」
「……」
詩子は答えない。
「…詩子?…顔色が悪いです」
普段の詩子らしくない様子に、茜が気遣う。
確かに、詩子の顔色は良くはなかった。
「う、うん。なんでもないよっ。さっき、雨に少し濡れちゃったから…」
にっこり微笑みながら、わずかに目線をそらさして答える詩子。
…詩子が、嘘をつくときの癖。
「…ごめんなさい。私のせいで…」
だが、今の茜が、その詩子の癖に気がつくことはなかった。
「…いいのよ。茜は気にしないで。」
その時、玄関から茜の母親の声が聞こえてきた。
「あ。お母さん、帰ってきたみたいね。茜も目を覚ました事だし、私も帰るね」
そう言って詩子は立ち上がった。
「…本当にごめんなさい。詩子」
目を伏せ、心底すまなそうに告げる茜。
「ほんとに、気にしないでって。…じゃあね。」
詩子は茜の部屋を出て、後ろ手にドアを閉める。
そのまま、ドアに寄りかかり、唇を噛む。
青ざめた唇を。
「………そんな…」



浩平は自分の部屋で、ベットに横になっていた。
時計の針は午後一時を指している。まだ、学校では授業をしていることだろう。
だが、学校に戻る気にはなれなかった。

『…ありがとうございます。…見ず知らずの方に…』

茜の言葉が、頭の中でこだまする。
その言葉の意味すること。
茜の記憶から浩平の存在が消えている…。
だが、浩平には、そんなにショックな事ではなかった。
以前から感じていた違和感。時々見る夢のような風景。
浩平が望んでいた『その時』が近づいてるのだと言うことがわかった。
「……」
浩平は、ベットに横なったまま考えた。
残された時間をどう過ごすべきなのか。
自分が望んだ世界に行く。そして、残された人々は自分の事を忘れてしまう。
いいことずくめだ。忘れられてさえしまえば、自分がいなくなっても悲しむ人などいないのだから。
しかし、浩平の胸には、なにか、もやもやするものがあった。
…焦燥感。
それが何なのかは、はっきりとわからなかった。
…やり残していることがある。
そんな感じだった。
ピンポーン。
玄関から呼び鈴の音がした。誰か来たらしい。
「……」
ピンポーン。
再び、呼び鈴の音が鳴る。
だが、今はとても出る気にはなれなかった。
「……」
ピンポーン…。ピンポーン…。
「……」
ピポッ、ピポッ、ピポッ、ピポッーン。
「…って、うるさいぞっ!?」
しつこく鳴らされる呼び鈴に、流石に浩平もベットから起きあがった。
これでは、とても考え事などできない。
部屋を出て、玄関に向かう。
ピポッ、ピポッ、ピポッ、ピポッーン。
呼び鈴はまだ鳴らされていた。
「はい、はいっ!どなたですかっ!!」
ガチャ!!
乱暴にドアが開かれる。
「やっほーっ。遊びに来たよー」
「……」
そこに立っていたのは詩子だった。
「あれ?どうしたの」
「…学校はどうした?」
「えーっ。サボりはお互い様でしょう?」
にっこり微笑みながら、そう言う詩子。
言われてみればその通りだ。
しかも、詩子はちゃっかり私服に着替えている。
「ねえ、ねえ。どこか遊びに行こうよっ」
「…雨の中をか?」
外は、まだ激しい雨が降っていた。
「雨の中もいいもんだよね♪」
そう言いながら、浩平の袖を引っ張る。
抵抗しても無駄なようだ。
そのことは、浩平にもよくわかっていた。
「…はぁ………わかった」
浩平は深く考えないようにして、詩子の誘いに応じることにした。
不思議なことに、さっきまで浩平をさいなんでいた焦燥感は、既になくなっていた。
詩子の陽気な笑顔見た瞬間に。
浩平はそれがどういうことなのか…なにをやり残していたのか…その時になってはじめて気がついた…。
だが、残された時間も、その想いを詩子に告げることも………ないことにも…。



「…今晩、一晩だけだ。別に構わないだろう」
浩平は夜の学校に来ていた。一晩の宿とする為である。
既に浩平には帰る家がない。
長年住み慣れた叔母の家。その家の前に無造作に積まれていた浩平の荷物が、その事実をまざまざと教えてくれていた。
そして、自分に残された時間が後わずかな事も…。
学校に来たのは、最後の思い出に浸りたかったからなのかも知れない。
繰り返される日常。
いつまでも続くと思っていた、無意味な、それでいて大切な日常。
そして…出会いの場所。
ここで、最後を迎えるのなら、それも悪くないと思っていた。
浩平には、不思議とわかっていた。
いつなのかは、はっきりとはわからないが…少なくとも、明日がないであろう事が。
校舎に入り、教室へ向かう。
日直が鍵を掛け忘れたのか、扉はすんなり開いた。
なじんだ教室に入り、自分の席に座る。月明かりのせいで、電気はつけなくて済んだ。
浩平の席は窓際の一番後ろなので、教室が一目で見渡せた。
「…以外と楽しかったな」
月明かりに照らされる教室は、昼間の教室とは別の空間と化していた。
しかし、浩平の目にはいつもと同じように…いや、生徒達の姿すら浮かんでくる。
そして…。
「…柚木…」
浩平がそう呟いた時。
教室のドアに立つ人影が見えた。
…幻だと思った。
自分の希望が生んだ幻想だと。
「…折原君…」
「!!」
だが、人影は幻ではなく、確かに存在していた。
浩平はひどく驚いた。
既に、自分のことを覚えている人間は、誰もいないはずなのだから。
長年一緒に暮らしてきた、叔母の由起子ですら自分の事を覚えていなくなったのだ。
「…おまえ…俺のことを覚えて…?」
浩平の問いに、微かに頭を縦にふる詩子。
だが、その表情は、いつもの陽気な詩子のものではなかった。
「…私には…忘れることが出来ないの……。でも…」
そこで詩子は一呼吸おく。
「…でも…それはあなたを救う為じゃない……。………殺すため」
「!!」
感情のない瞳でそう告げる詩子。
殺すため。
今、確かに詩子はそう言った。
浩平は詩子の言葉に激しく動揺した。
最後の時に詩子に出会えたことは嬉しかった。
詩子が自分のことを覚えていてくれることは、もっと嬉しかった。
…だが、それが自分を殺すためとは…。
浩平は、この時になって初めて気がついた。
詩子の右手に握られている、見慣れない物。
教室に差し込む月明かりを受けて鈍く光る…細身の両刃の剣。
「…破滅の『門』を開こうとする者を抹殺する………それが、私たち『gate keeper』の使命…」
詩子が言う。
抑揚のない声で。
感情のない瞳で。
「なっ!…いったい、何のことなんだっ!?」
突然の詩子の変わり様。意味不明の言動。
…浩平には訳がわからなかった。
「…あなたは、なぜこの世界から消えようとするの?」
「っ!!」
逆に問われる浩平。
浩平は、今、この世界から消えようとしている。
幼い頃に望んだ、永遠の世界へ。
だが、それを知っているのは浩平ただ一人。なのに、なぜ詩子がそれを知っているのか…。
「…妹さんの為?」
「おまえっ!!……なぜっ!?」
妹。みさお。病院の白い壁。カメレオンのおもちゃ。滑稽だった授業参観。そして…。
浩平の頭に、その時の様々な想いがよぎる。
なぜ、詩子が知っているのか?
「答えて…」
感情のないまま浩平を促す。
「………そうだ」
浩平は詩子の例えようない気迫に押されて、呟くように答えた。
「妹は…まだ幼かった、みさおは…病気で………死んだ。…悲しかった……あの、楽しい日々がいつまでも続くと思っていた……」
「…だから、この世界から消えるの?」
「……」
浩平はもう、驚かなかった。
詩子は知っている。何故かは分からないが…全てを。
「…あなたは、おかしいと思わない?なぜ、自分が消えるのか…あなたは、確かに辛い思いをしたのかも知れない…でも、それなら、他にもっと辛い思いをした人達がいるはず…」
詩子が浩平に問いただす。
「……」
浩平は答えない。いや、答えられない。自分でも、これが夢ではないかと思える程だからだ。
…忘れられていくという現実さえなければ。
「消えるのは、あなたのせいじゃないの…あなたは引きずられているのよ」
「…引きずられている?」
思わず聞き直す浩平。
「そう…あなたの前に消えた人…その前に消えた人…さらにその前に消えた人達…」
「この世界とあなが望む世界を繋ぐ『門』…それは、一度開く度に開きやすくなっていくの…あなたが『門』を開けば、次は更に開きやすくなっていく…」
「……」
繰り返すごとに、開きやすくなっていく『門』。それが進めば、いずれ、人はどんなささいな事でも『門』を開いてしまうだろう。そして、最後には…
「…この世界から…人が一人もいなくなる……のか?」
世界から次々と人々が消えていく。
「…そう。だから、そうならないために…『門』が開きそうになった時、その『門』が開く前に原因を消してしまう…それが、『gate keeper』…」
ダッ!!
詩子は、そう言うと浩平に襲いかかった。
素早く浩平の元へと走り、剣を横にはらう。
ヒュンッ!!
「なっ!?」
慌てて、反射的にかわす浩平。
かわし損ねて、僅かに頬を切る。
ヒュンッ!ヒュンッ!
詩子の剣が次々と繰り出される。
月光に照らされる詩子の姿は、舞うように美しかった。
だが、その剣は本物。頬を走る痛みが、そう告げていた。
ヒュンッ!
詩子が振るう剣にまともに触れれば、確実に死を招くだろう。
だが、浩平が考えていたことはそんなことではなかった。
詩子は言った。
それが『使命』だと。
では、浩平と詩子が出会ったのは…。
あの日々は…。
「…じゃあ……じゃあ、全て『使命』のためだったのかっっ!?」
浩平の叫び声に詩子の動きが止まる。
いや。動いている所があった。
…目の下。
……光の雫。
………心の声。
「…だったら………だったら、どんなに良かったことかっ!!」
詩子は泣いていた。
そして、思い出していた。
なぜ、自分が『gate keeper』となったのかを…。



降りしきる雨の中。
詩子は傘も差さずに走っていた。
空き地に向かって。
「はあっ、はあっ、はあっ…」
なぜ、自分は忘れていたのか?
いつも一緒だった幼なじみ。
茜と三人で。
僅かの間だとはいえ、理由がわからなかった。
しかも、電話をしてもそんな人はいないという。
茜にも電話したが、茜も留守だった。
その瞬間。
詩子は走り出していた。
子供の頃から、いつも三人で遊んでいたあの空き地へ。
だが…。
「…茜」
そこで、見たものは、泣き崩れる茜の姿だった。
雨に濡れて。泣きながら叫んで…。
胸が締めつけられる。
そんな茜に、詩子は声をかけることができなかった。
…それが、始まりだった。
世界の運命など、どうでも良かった。
ただ…。
雨に濡れて、泣き崩れる茜…。
もう、見たくなかった。
茜のような人を、これ以上増やしたくなかった。
もし、自分が手を汚すことで、茜のような人を減らすことができるのなら…。
だから…『gate keeper』となって………人を殺めてきた。



詩子の涙を見た浩平は動かなかった。
いや、動くことができなかった。
その涙に、詩子の哀しみを見てしまったから。
「どうして…どうして、あなたなのっ!!」
涙の溢れる瞳を、まっすぐと浩平に向けて、そう叫ぶ詩子。
もう、目線をそらすことはなかった。
「…ごめんな。詩子…」
次の瞬間。
浩平は詩子を抱きしめていた。
他に何も考えられなかった。
この、非現実的な状況も。
殺されるかもしれないという事も。
自分がどうなるのかという事も。
…カシャンッ。
詩子の手から、剣がすべり落ちる。
「初めて…名前で呼んでくれたね…」
…惹かれ合う二人。
互いに仮面をかぶり、哀しみを隠してきた。
はじめは、ただ傷を舐め合っていただけなのかも知れない。
だが、今はそれだけではなかった。
許し合った温もり。
月明かりの教室。
せつなさが、そして愛しさが………互いを求め合う…。



「屋上…いかない?」
服を整えながら、浩平を誘う詩子。
まだ、顔が赤い。
「ああ…」
二人は、教室から屋上へと移った。
屋上は、満月の光で、昼のように明るかった。
「……」
「……」
押し黙る二人。
だが、言葉がないのではない。言葉がでないのだ。
しばらくして、ようやく詩子が口を開いた。
「…楽しかったね」
そして…剣を構える。
「…ああ」
浩平は動かない。
浩平は…今、この世界から消えようとしている。
そのままにしておけば、『門』は開かれ、また、消えゆく人が増えることになる。
詩子は…それを止めるためにここにいる。
「…さよ……な…ら…」
詩子が剣を振り上げる。
「……」
浩平は目をつぶらなかった。
最後の瞬間まで、詩子の顔見ていたかった。
「…………よ…」
詩子が肩を震わせながら、呟いた。
「でき…いよ………私にはできないよっっ!!」
ガランッ!!
剣を捨て、浩平に抱きつく詩子。
「ごめん……ごめんな…詩子」
浩平は詩子を強く抱きしめた。
そして、頭をやさしく撫でる。
浩平には詩子の辛さがよくわかった。
誰よりも優しい詩子。その優しさ故、人を殺めてきたのだろう…。そして、今度は、愛する人も…。
「詩子…消えてから、また、この世界に戻ってくれば『門』は閉じるのか?」
「…わからない……誰も…戻ってきたことはないから…」
浩平の胸に顔を埋め、泣きながら答える。
「なら…戻ってくる。オレが最初の戻ってくる奴になるよ。」
「……」
詩子は顔を上げて浩平の顔を見た。
「お前がいるこの世界に」
やさしく微笑みながらそう言う浩平。
気休めにしかならない。
そんなことが可能なら…詩子は最初から殺すなどとは言わないだろう。
だが、浩平は帰ってきたかった。
この世界へ…。詩子の元へ。
しかし…。
ガチャン。
「!!」
突然、屋上のドアが開き、一人の少年が現れた。
「…やあ。月が綺麗だね」
その少年は二人に向かって、そう話しかけてきた。
浩平はその少年に見覚えがあった。
「………氷上?」
氷上シュン。それがその少年の名前だった。
浩平と同じ軽音楽部の少年。もっとも、知り合ったのはつい最近のことだが。
「おまえ…なんで………っ!?」
そこまで、口にしたところで、浩平は気がついた。氷上の手に握られている、細身の諸刃の剣。
それは、詩子が手にしていた物と同じ物だった。
そして、先程、詩子が言った言葉を思い出す。

『…破滅の門を開こうとする者を抹殺する………それが、『私たち』gate keeperの使命…』

詩子は『私たち』と言ったのだ。
つまり、一人ではないと…。
浩平は理解した。
詩子一人で自分の過去を調べられるはずがない。
まして、世界の運命を知ることなど。
「オレを…殺すのか?」
浩平が詩子を後ろに隠しながらシュンに言った。
「…そういうことになるね」
そう言った、シュンの顔は…ひどく悲しそうに見えた。
「詩子…下がっていろ」
浩平はそう言って、詩子を背中に隠す。
「…でも…」
不安そうに呟く詩子。
そして、浩平は詩子の剣を拾い上げ構えた。
「オレは死ぬわけにはいかない…帰ってくる………詩子がいるこの世界に帰ってくるんだっ!」
浩平がシュンに向かって叫ぶ。
「僕も信じたいよ…でも…帰ってきた者は誰もいないんだ………そして、君が消えるのを見送るということは……新たな哀しみを増やすことになるんだよ」
ダッ!!
そう呟くと同時に、シュンが浩平へと詰め寄る。
ガキンッ!!
「くっ…」
上から振りおろされたシュンの剣を受ける浩平。
キンッ!キンッ!!
次々と繰り出されるシュンの剣をなんとか受ける浩平。
だが、かわせなくなるのも時間の問題だ。
浩平は、今まで剣など扱ったことなどないのだから。
ガキンッ!!
上段から浩平めがけて振り下ろされた剣を、持っていた剣を横にして受け止める。
「…終わりだね」
そう言い放ち、更に剣に力を込めて、浩平を押す。
グッ。
「うわっ!!」
バランスを崩し、後ろに倒れる浩平。
シュッ!!
そこに、体ごと剣を突いてくるシュン。
浩平にはかわすことができない。
迫り来る剣がスローモーションのように見える。
その時。
「いやああああぁぁぁーーーーーっっ!!」
「!!」
詩子が浩平の上に覆い被さる。
詩子に気がついたシュンも剣を引こうとしたが、勢いのついている体は止まらない。
まして、その時間もなかった。
ザスッ。
シュンの剣が体を貫く。
目をみはる詩子。
詩子の体に暖かいものが流れる。
それは………浩平の血だった。
「…な……んで…」
呆然と呟く詩子。
詩子は浩平の下になっていた。
シュンの剣が、浩平を庇った詩子を貫こうとした瞬間。
浩平は詩子と体を入れ替え、シュンの剣を背中で受けたのだった。
「……」
無言で剣を抜く、シュン。
ズズッ。
「ぐはっ!」
「浩平っ!!」
苦しみの声をあげる浩平。
「……初めて……名前で呼んでくれたな…」
苦悶の表情を浮かべながらも、微笑む浩平。
「…ばか…」
そういいながら浩平を抱きしめる詩子。
…いや、抱きしめようとした。
詩子の腕が空を切る。
「…浩………平?」
………浩平は消えていた。
「浩平………浩平……………浩平っっ!!」
浩平の名を呼ぶ…。泣きながら…。浩平を抱きしめるはずの腕で自分を抱きしめて……。
「う…ううっ……」
「使命は果たせなかったようだね…」
シュンが呟くよう言う。自分に言い聞かせているようだ。
「………殺して………私も殺してっ!お願いっ!!」
詩子には、もう生きている意味がなかった。
自分が果たしてきた使命。
哀しみを増やしたくない。そのために、人を殺めてきた。
そして、愛する人は…。
「…彼は死んではいないよ」
「え?」
顔を上げてシュンを見る詩子。
「…彼は死んではいない。死んだ者には『門』は開けない」
だからこそ、『gate keeper』の使命が人を殺めることなのだ。
「でも…でも、あの傷じゃぁっ…」
涙を拭こうともせず、シュンに問いかける詩子。
「『門』の向こうがどうなっているのか…誰にもわからない」
シュンもまた…心の奥では、浩平が死ぬことを望んでいないのかも知れない。
「君はもう、『gate keeper』じゃない…」
「今の君に出来ること…それは、ただ彼を待つことだけ…」
それだけ言うと、シュンの姿は屋上から消えていた。
満月に照らされる屋上。
一人泣き崩れる少女。
屋上に、哀しい嗚咽だけが響きわる…。





     

詩子は学校を辞めた。
ベットの上で、膝を抱えて泣き続けた。
毎日、浩平のことだけを考えて過ごした。


      夏 。

茜が毎日のように詩子を訪ねた。
詩子を気遣う、茜の気持ちが嬉しかった。
しかし、詩子が茜に会うことはなかった。


     

詩子は病院へ入院した。
茜が見舞いに来て、詩子は少しは昔の明るさを取り戻したようだった。
周りから見れば、以前のように…と、見えたかも知れない。


      冬 。

「…詩子。退院、おめでとうございます」
「ありがと、茜。」
「大変でしたね。詩子」
「うん。流石のしいこさんも死ぬかと思ったわよ」
「…オーバーです」
「そんなことないって。いずれ、茜も経験するんだからぁー」
「…そうかも知れませんね」
「かもじゃなくてするのっ!」
「…はい」
「…ところで、名前はもう決めたんですか?」
「うんっ!!」
「浩平…」
「柚木浩平だよっ!!」

腕に抱いた赤子に向かって微笑む詩子。

その笑顔は、もう仮面などではなかった。


二人の浩平がくれた………詩子の本当の笑顔。











−−−−− 『gate keeper』設定 −−−−− 


「はっはっはっ!!世界のために死ねええぇっ!!この屑があぁっっ!!」
熱く燃える熱血漢。高槻善一朗。

「俺達はいつまでこんな事を繰り返さなければならないんだ?」
美味しいとこ総取り。巳間良介。

「…感じます。またひとつ、哀しい心が消えていこうとするのが…」
登場したら茜と区別がつかない探知機役。鹿沼葉子。

「折原君…僕は君のことをいつでも想っているよ…」
…お前は男だぞ。氷上シュン。

「紅一点の、このしいこさんに任せなさいって♪」
葉子は無視かいっ!?本編主役。柚木詩子。

五人の『gate keeper』が勢揃いっ!!
当然、並んでキメポーズっ!!(葉子は立ったままだ。)
ドッカアアアアァァァァーーーーーッッ!!
その瞬間に、意味無く背後が爆発する。
「はっはっはっ!燃えるぜっ!!」(レッド)
「俺達はいつの間に採石場に来たんだ…?」(ブルー)
「…大いなる陰謀を感じます」(イエロー)
「折原君…僕は君のことをいつでも想っているよ…」(グリーン)
「そんなの、黙ってたら分からないよ♪」(ピンク)

作者から一言。
「うおおおおぉぉぉぉっっ!!本編に一つもギャグがなああああぁぁぁいっ!!」
作者立ち位置に、点火。
ズッガアアアアァァァァーーーーーッッ!!
…星となる。


………本当に、この五人が『gate keeper』という設定です。(核爆)








−−−−− 『gate keeper』イメージCG −−−−− 


     イメージCG1     イメージCG2     


どちらも、よねぴんさんの作品です。
よねぴんさん、ありがとうございますっ!!m(_ _)m







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