世界の終わる刻 〜 その朝 〜
「ももんがぁっ!!」
…爽やかな朝だった。
穏やかな春の日差しが窓から射込み、雀たちの囀りがどこからとなくと聞こえ、イエズズ会の宣教師が新聞勧誘にやってくる。そんな爽やかな朝だ。
こんな爽やかな朝なんだから、早起きをしてみんなの部屋を訪れて驚かそうというのは、すごく当然のことだろう。
「………」
……だが、成瀬は無言だった。
成瀬だったら、驚かないにしても、せめて『嫌だ、直ちんったら〜♪なるなる、びっくりしちゃったよ♪』ぐらいは言ってくれても良さそうなものだが…?
「………おい、成瀬。なんとか言ってくれ」
これじゃ、俺が馬鹿みたいじゃないか。
「………」
シカトっ!?
というか……ちょっと様子がおかしい。よく見ると目の焦点があっていない。
「おいっ、成瀬っ!!」
慌てて成瀬の両肩を掴み、小刻みに前後に揺する。まだ、寝てるのか?
「…あ…うん。…ごめんね」
「…謝られても困る」
ようやく反応らしい反応が帰ってくるが、いきなり謝り出す始末。まだ少し様子がおかしいようだ。
「どうしたんだ?病気か?どっか具合でも悪いのか?」
「ううん……病気じゃないよ」
とはいうものの、やはり成瀬は元気がなかった。となれば……。
「そうか。病気じゃないのか。じゃあ、生…」
「チェストーーーーッッ!!」
「ぐはああああぁぁぁっっ!!!」
突然、後頭部に激しい衝撃。こんなことをする奴は、ここには一人しかいない。
「何をする珠季っっ!?」
後頭部を手でさすりつつ、振り返りながら叫ぶ。
「…何をする、じゃないでしょう?」
案の定、俺の背後には腕組みをしたまま半眼で俺を見下す珠季の姿があった。
「お前は朝の爽やかな一時に、訳もなくいきなり人の後頭部を念動でブーストした飛び膝蹴りを喰らわすのかぁっ!」
俺は断固抗議する!
「…訳?」
そう一言呟くと、珠季の視線が更に人を見下したようになる。
いや、もはや『人を見下す』なんて生易しいものじゃい。例えるなら、近海産の赤海鼠を見下すような視線だ。
「あんた、今、『朝の爽やかな一時』って言ったわよね?」
「ああ、間違いなく言った」
今日は、実に爽やかな朝だ。
「その朝の爽やかな一時に、ゲスなこと言ってんじゃないわよっ!」
「ゲスだと!?俺は『生ビールでも飲み過ぎて二日酔いなのか?』と言うとしただけだっ!!」
「『せい…』とか言ってたじゃない」
「…くっ…」
確かに、文章でしか使えない逃げ技だった。
「いっ、いや、実は『性病で悩んでるのか?』と言おうとしたんだっ!!」
「ますますゲスじゃないっ!!」
しまった。確かにそのようだ。
「あんたも、この変態になんとか言ってやりなさいよっ」
そう言って、珠季は成瀬を促す。
というか、誰が変態だ、誰が。
「うん……直弥。私は月末だから」
「!?あっ、あんた………さらりと、そんなこと言うんじゃないわよ」
途端に、困惑の表情を浮かべる珠季。そうか。成瀬は月末か。……って、おいっ!今はそういう問題じゃないだろうっ!?
成瀬の様子は明らかにおかしかった。
「……あれ?あんた、どうしたの?なんか顔色が悪いわよ?」
呆れ顔で成瀬を見ていた珠季が、ようやく成瀬の様子に気が付いた。タニシの動きほど鈍い女だな。
「……なんか、言った?」
「なっ、なんにも言ってないぞっ!?」
目線だけ動かして、ギロリとこちらを睨む。
……いらんことには鋭かった。
俺と珠季の視線の間に、激しい火花が飛び散る。まるで、あたかもそこに溶接工がいるかのようだ。
「…じゃあ、わたし教室に行くから…」
「うおっ!?」
「あっ!?」
時間が止まったかのの俺と珠季の間を、成瀬は何事もなかったようにするりと通り抜ける。
「なっ、成瀬っ、朝ご飯はどうするのっ?」
「…いい。食欲ないから………」
そう言って、成瀬はゆっくりとした足取りで、廊下の隅へと消えて行った。
「………」
「………」
残された俺達は、だた立ちつくすしかなかった…。
「おばちゃんっ、朝飯は!!」
「ないよ」
「お願いっ!何か食べさせて〜〜〜っ!!」
「食べさせるものなんか、何もないね」
そう………ただ、立ちつくすしか………。
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