呼び声 〜 きずな 〜


「…むかえにきたわ…こうへい」

バサバサとはためくカーテン。
その隙間から見える人影の顔。
浩平の母。
由起子の姉。
死んだはずの。
「…さあ…いきましょう…こうへい」
まるで、 映画のスローモーションのように、浩平へと手が伸びる。
「っ!!駄目っ!!」
由起子は慌てて浩平へと駆け寄る。
由起子が走った後には、コップの破片で切った血の跡が転々と残る。
ベットから、半身を起こして母を見つめる浩平には、何がおこっているのかよく分からない。
そんな浩平を、飛びつくようにして、由起子は抱きしめた。
「っ…い、いたいよ。ゆきこさん」
浩平のそんな声も、由起子には届かない。
「姉さんっ!!浩平をどこに連れて行こうって言うのよっ!?」
厳しい目で姉を見つめる由起子。
「…きまってるでしょう。…いっしょにくらすのよ…」
「……」
浩平は無言だ。
みさおが死ぬ前から、母とは名ばかりの存在となっていた。
そんな、母が現れて「一緒に暮らす」と言っても、浩平にはなんの嬉しさもわかない。
「…みさおもいっしょよ…」
「えっ!?」
みさお。
その一言に浩平の心は大きく揺らぐ。
ずっと一緒にいるはずだった妹。
その妹に訪れた理不尽な運命。
逢えるものなら、今すぐにでも逢いたい。
浩平は母の元へ行くため、自分を抱きしめている由起子の腕に手をかける。
だが。
「嘘よっ!!」
由起子のその一言で、その手が止まる。
「みさおちゃんは……死んだのよ…。もう一緒になんて…暮らせない……」
誰に言うでもなく、力無く呟く由起子。
浩平は由起子の顔を見上げた。
…悲しそうな顔。みさおと同じ。
「…わたしたちはおやこよ…いっしょにくらすのはとうぜんでしょう…」
「じゃあなんで、あの時、浩平を一人にしたのよっ!!」
姉の言葉に、激しく激高する由起子。
「…あのときはしかたがなかったのよ…みさおをすくうために…」
手を延ばしたままの姿勢で、囁く。
「姉さんは…勝手だわ……いつも……」
思わず、目線をそらす。
「…ゆきこ…あなたにはかんけいないわ…こうへいをはなして…」
「関係あるわっ!!」
再び目線を戻して、厳しい目をして言い放つ。

「私は…浩平は……『家族』よっ!!」

「…ゆきこさん」
浩平を強く抱いたまま、語る由起子。
浩平は、そんな由起子の腕に、確かな『家族』の温もりを感じていた。
「…かぞく?…あなたが?」
口元がわずかにつり上がる。その顔は笑っていた。
「こうへいのかぞくはわたしとみさおよ…さあ…いきましょう…こうへい…」
差し出した手が、再び音もなく浩平へと伸びる。
そして、その手が浩平の目の前へと来た時。

「…いやだ」

「!?」
浩平のその一言で、伸ばされた手が止まる。
「こうへい…いま…なんて…?」
信じられないと言った顔で浩平を見つめる。
「いやだっ!!」
再び。はっきりと。
浩平を抱く由起子の腕に、さらに力がこもる。
その腕にかける、浩平の手にも力がこもる。
数秒。もしかしたら、数時間。
誰も動く者はなかった。
そして………。



雨の音が聞こえる。
気がつくと、由起子と浩平は、抱き合ったまま、雨で濡れていた。
部屋の窓が開いている。
「……あれ?」
「…あら?私たち、何を…?」
時計の針は、午前二時を指していた。
「浩平。窓を開けっぱなしにしてたのね?」
「う〜ん…?」
由起子は浩平から離れ、窓を閉める。
途中、足に痛みを感じたが、ガラスで切ったような跡は、もう血が固まっていた。
振り返ると、浩平の布団も雨に濡れている。
「その布団じゃ、もう寝られないわね。浩平、今日は一緒に寝ましょう。」
「?…うん」
まだ、納得がいかない、といった顔をする浩平。
「でも、その前にお風呂に入らないとね。二人とも風邪をひいちゃうわよ」
「そうだね」
浩平と由起子は、見つめ合って笑った。
「じゃあ、一緒に入ろっか?」
「えっ!?……う、うん」
少し照れた顔で浩平が頷く。



由起子の部屋。
風呂からあがり、浩平と一緒のベットに入っている由起子。
浩平はもう寝ている。
由起子は、なぜか寝つけず、浩平の寝顔を見ていた。
浩平の頬を指先で撫でてみる。
「……ぅ…ん……」
思わず由起子の顔に笑みが浮かぶ。
「…母親って…こんな感じなのかしら…」
誰に言うでもなく呟く由起子。

(……ゆきこ……)

「っ!!」
不意に背後から自分を呼ぶ声に、思わず振り返る。
「…姉さん」
そこには由起子の姉が立っていた。
その姿を見た瞬間、由起子の脳裏に先程の出来事が、全て蘇る。
「………」
「………」
無言で見つめ合う二人。
先程とは違う姉の眼差し。その眼差しは、由起子にとって懐かしいものだった。
二人きりの姉妹。
頭を撫でてくれる手。
仲睦まじい姉夫婦の笑い声。
浩平を抱いて嬉しそうに微笑む笑顔。
みさおをあやしながら早く結婚しろとお節介を焼く。
そんな時…姉はいつもその眼差しをしていた。
そして、一言だけ。
「…こうへいを……おねがい」
そう由起子に語る。
「ええ…わかってるわ、姉さん」
由起子の目に涙が浮かぶ。
「…でも…それは償いの為じゃない。自分の為…大切な家族の…『家族達』の為よ」
姉がやさしく微笑んでいるのがわかる。
あの眼差しで。
「そう…それでいいのよ………ゆきちゃん」
そう言うと、姉の姿は、薄れて……消えた。
最後に姉が自分を呼んだ声が、由起子の頭の中でこだまする。

懐かしい呼び声が。

「…うっ…うぐぅっ………おねえちゃんっっ!!」
由起子の両目に溢れる涙が、とめどなく頬を伝う。

由起子は泣き続けた。


……何度も姉を呼びながら。






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