私の好きな監督たち NO.1
 
「ユダヤ系監督」 
 
 
 
ウッディ・アレン/ WOODY ALEN
 
 
1935年、ニューヨーク、ブルックリン生まれ。
 
 
 
 彼の映画を語る場合には「ユダヤ人」という事実をぬきにしては考えられない。   
 ニューヨークの貧しいユダヤ人家庭に育った彼は社会的には少数派であり、さらにそのなかにあっても背が低く、眼鏡をかけ、見栄えのしない容貌という大きなマイナス要因をもっている。   
 いわゆる女に持てない男の典型である。   
 だが、そんなマイナスイメージをもった自らをネタに、明晰な頭脳とありあまるコメディの才能で作品を創り上げることで逆転させてしまうところがすごい。   
 コメディを創り出す才能というものは基本的には醒めた感覚であり、物事の本質を見据えた批評精神である。   
 ウッディ・アレンはユダヤ人でチビで眼鏡というコンプレックスを幼い頃から虚構の世界に遊ぶという方法によって克服しようと努めてきた。   
 そうした作業の繰り返しの中から自然と物事を冷静に見据える才能が育まれてきたのだ。   
 そして自らを含めた世界全体を鋭く皮肉をこめた眼で見つめ続ける。   
     
  ウッディ・アレンの映画は人間が自由に生き、幸せを求めるとき、自らのアイデンティティーを獲得するということがいかに大切かということを様々なドラマによって教えてくれる。
 
 
主要作品
 
 
アニー・ホール(71) マンハッタン(79) カメレオンマン(83)
ブロードウェイのダニー・ローズ(84) カイロの紫のバラ(85) ハンナとその姉妹(86)
ラジオ・デイズ(87) 私の中のもうひとりの私(89) ウッディ・アレンの重罪と軽罪(90)
ウッディ・アレンの影と霧(92) 夫たち、妻たち(92) マンハッタン殺人ミステリー(93)
ブロードウェイと銃弾(94) 誘惑のアフロディーテ(95) 世界中がアイ・ラブ・ユー(98)
地球は女で回ってる(98) ギター弾きの恋(99) おいしい生活(00)
 
ウッディ・アレン作品集
 
 
 
  
 
 
 
 
ジョエル・コーエン イーサン・コーエン
JOEL COEN        ITHAN GOEN
 
 
1954年、アメリカ、ミネソタ州ミネアポリス生まれ。
 
 
 
 共同で脚本を書き、兄であるジョエルが監督、弟イーサンが製作、といった分担によって映画を創り上げていく。  
 ただしこれはあくまでも原則的な形であって、その役割分担が明確に分かれているわけではなく、ともに演出をし、製作もするといったふうである。  
 彼らの描く物語世界は基本的には不条理な世界であり、犯罪や暴力を中心に据えてブラックなユーモアで味付けをしながら描いていく。  
 そこから人間の愚かさや可笑しさ、さらには哀しみがにじみでてくる。  
 その創作上のモチーフは彼ら独自のものであり、ウィリアム・プレストン・ロバートソンは著書「コーエン兄弟の世界」のなかでコーエン兄弟が好んで使うモチーフとして次ようなものをあげている。  
 参考のために以下に書き出してみることにする。  
 まず、第1に「わめき遠吠えするデブ」というのがある。  
 ジョン・グッドマンがこの役割を担わせられることが多い。  
 さらに2番目としてそれから派生したモチーフであるが「怒鳴り散らす暴君」がある。  
 第3が「ゲロ」4番目に「暴力」第5が「夢」そして6番目に「特異な髪型」をあげている。  
 さらに番外として「帽子、帽子を落として帽子を被り直す」をあげるが、これは2作に登場するだけなのでモチーフとして認められるかどうかわからないとしている。  
 そしてこうしたモチーフをそれぞれ作品をあげて数え上げているのである。  
 こうしたモチーフの傾向はコーエン兄弟のきわめて個人的な記憶や好みによるもので、それが何を意味するのか、あるいはしないのか謎めいているが、彼らの映画を独特の個性あるものにする重要な要素になっている。  
 さらにロバートソンの考察に私なりに気づいたものを付け加えるとすれば、「誘拐」「奇妙なコンビ」「タフなヒロイン」そして「なにをやってもへまばかりのダメ人間」といったものがあげられる。  
 とくに「ダメ人間」は「ユダヤ的なるもの」として多用されるモチーフであり、ユダヤ人であるコーエン兄弟にとってはきわめて重要なポイントであるように思われる。  
 人生につまずいた人間、思うように運ばない人生を配することで彼らの中にある「ユダヤ的なるもの」へのこだわりを見ることができる。  
 それが彼らが描く不条理な世界とうまく連動して彼らの世界をさらに複雑に歪んだものとして見せてくれるのである。 
 
 
主要作品
 
ブラッドシンプル(84) 赤ちゃん泥棒(87) ミラーズ・クロッシング(90)
バートン・フィンク(91) 未来は今(94) ファーゴ(96)
ビッグ・リボウスキ(98) オー・ブラザー!(00) バーバー(01)
 
コーエン兄弟作品集
 
 
 
 
 
 
 
 
スティーブン・スピルバーグ/ STEVEN SPIELBERG
 
 
1947年、アメリカ、オハイオ州シンシナティ生まれ。
 
 
 
 
 スピルバーグの映画には3本の大きな柱がある。   
 ひとつは「E.T.」や「フック」のような子供っぽいファンタジーの世界。   
 ふたつめは「激突」「ジョーズ」「未知との遭遇」などシリアスなSFや活劇の世界。   
 そして「カラーパープル」「シンドラーのリスト」「アミスタッド」のような史実に基づいた物語の世界である。   
  こうした構成を見ているとまるで「ディズニー・ランド」を連想してしまうが、ディズニー作品から多大な影響をうけてきたスピルバーグの姿勢にはディズニーの志を受け継ぐ意志が強く感じられるのも確かなことなのである。   
 映画会社「ドリームワークス」の設立などには明らかにそうした意志が働いていることがうかがえる。   

 幅広い作風と多彩な映画的テクニックによってスピルバーグの映画は多くの観客の支持を獲得してきた。   
 そしてその興行的な成功を背景にして様々な作品を作り続けている。   
 ハリウッドという巨大産業のなかで映画を創り続けるためには作家という立場だけに固執するというわけにはいかないという事情がある。   
 映画を興行的に成功させるということが何よりも優先させなければならない命題である。   
 いわばプロデューサー的な感覚を監督は強く求められるわけで、この点においてもスピルバーグは見事にその才能を発揮しているのだ。   
 作家性と娯楽性というふたつの相反する要素を見事に共存させた例をスピルバーグの映画に見ることができる。   
 しかしこのことが彼の映画が大味な映画という印象を与えていることも否めない。   
 そして彼の映画が批判されるときには必ずこうした大衆性と作家性の問題が俎上に乗せられることになる。   
 これはおそらくスピルバーグ一個人だけの問題ではなく、映画という産業を考える場合には必ず行き当たる問題でもある。   
 それがスピルバーグの場合には極端な形で現れてくるということなのであろう。   
 もちろんスピルバーグにとってもこうした批判は無視できないものには違いないだろうが、そうした声以上に彼は自分の創りたいものを自由に創り続けることのほうをはるかに優先させているということなのであろう。  
 そしてそれができる環境の実現に向けて着々と前進し続けているのが現在の彼の姿ということなのであろう。   
 

 
 
 主要作品
 
激突(71) 続・激突!カージャック(73) ジョーズ(75)
1941(79) 未知との遭遇(80) レイダース/失われたアーク(81)
E.T.(82) インディ・ジョーンズ魔宮の伝説(83) カラーパープル(85)
太陽の帝国(87) インディ・ジョーンズ最後の聖戦(89) オールウェイズ(89)
フック(91) ジュラシック・パーク(93) シンドラーのリスト(95)
アミスタッド(96) ロスト・ワールド(97) プライベート・ライアン(98)
A.I(01) マイノリティ・リポート(02) キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン(02)
  
スピルバーグ作品集
 
 
 
  
 
 
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