
| むかしのお話です。秩父(ちちぶ)(いまの埼玉県)の武甲山の山奥に、おそろしい魔力を持った山姥がすんでおりました。親子づれを見つけては、子どもをさらい、かくしたりして悪さをつづけておりました。 ある日のこと、かわいい女の子をつれた母親が、山へやってきました。母子がウサギやリスなどと楽しく遊んでいるうちに、日は西に大きくかたむいてしまいました。そこで、母親は帰りじたくをしようと、ほんの少し、子どもから目を離してしまいました。 「さあ、帰りましょう」 母親がふり返ってみると、どうでしょう。いままで、そこにいた女の子が、ふっとかき消えるように、いなくなっているではありませんか。 母親は、やぶの中、沢のほとりと、狂ったようにさがしまわりましたが、どうしても見つかりません。母親はうろたえて、ただただ泣くばかりでした。と、そこへ、一人の旅の僧が通りかかりました。 「これこれ、どうなされたかな」 と、僧はやさしく問いかけました。母親から、ことのしだいを聞いた僧は、 「それは山姥のしわざじゃろう。わしにおまかせなされ」 といって、まず母親を家へ帰しました。そして、僧は武甲山の頂上へのぼり、一心に祈願をつづけたのです。 それから数日がたちました。僧の祈りですっかり魔力を失った山姥が、よろよろとしながらあらわれ、たちまち僧につかまえられてしまいました。僧は山姥を松の木におさえつけると、藤づるでギュッとしばりつけました。 それでも山姥は、しばられたまま、最後の力をふりしぼってさけびました。 「武甲山の松と藤は絶えろ、松と藤は絶えろ!」 こうして、子どもは無事、母親のもとに帰りましたが、それからというもの、武甲山には、松と藤がなくなってしまったということです。 |