| いよいよ入院・・・(1日目) |
朝4:30頃に目が覚める。気持ちが落ち着かないのか、その後あまり良く眠れず。少しうとうとしてから6:00頃起きる。
HPの掲示板などには前もって入院の知らせを書いておいたのだが、念のためメールのチェック。
昨日のうちにフロシキに包んだ、入院に必要な物をカバンにしまい、コップなども追加。
9時過ぎに病院に到着。病棟まで案内されるが、入院予定の部屋の人がまだ引越ししてないので、一番奥の個室に座って待機。
その間に病院の説明を一通りしてもらったり、私の病歴を看護婦さんに話したりする。
T字帯、産科用ナプキン、石鹸、石鹸入れ、メイク落としを売店で購入。 11:30にようやく部屋に入る。
病院指定の寝巻きに着替え、荷物をベッド脇の小物入れに分別。婦人科の他、泌尿器科や麻酔科など、持っている診察券を全部ナースセンターに預けた。そして、しばらくして手術の説明があった。
腹腔鏡手術で中を見て、手をつけられない場合、出血が多いなど生命の危険性がある場合だけでなく、癒着がひどくて内視鏡だけでは取りきれず、取ろうとしたらかえって危険という場合や、腺筋症の方が内視鏡だけでは取りきれそうにない場合を含むらしいが、その場合は、恥骨の上の切開を10cmほどに広げて手術する可能性があるとのことだった。
その後、1:30〜教授の総回診。外来の先生も診察が終わったのか、総回診に来て一通り説明して行った。2:00すぎに教授の内診があった。グリグリと直腸診をやられて非常に痛かった。診察の後、教授がカルテを見ながら説明をしてくれた。
膣の方もボコボコしていて、子宮後部の内膜症が膣までおりてきているかもしれないとのこと。進行しているということか・・・。
私の子宮腺筋症は、子宮後部の一部だけが(ルツ将軍の頭のように)ぽっこり後ろに出っ張っているのだが、一つの固まりにようになっているので、そこだけを取り除くことも可能だと思われるとのこと。ただ、内診でかなり痛むところを見ると、癒着も進んでいる可能性が非常に高く、内視鏡だけでは取りきれないだけでなく、直腸側に穴を開けてしまうリスクの方が高くなってしまいかねない。それよりだったら開腹して確実に、手触りで固いしこりを確認しながら手術した方が安全だし、悪い所も取ってしまえる。もし、どうしても内視鏡でのみという話で、手をつけられそうにない部分は残して閉じるということにするとすれば、次に開腹した時にはもっと手をつけられなくなっている可能性が高い。今だったら開腹で癒着も腺筋症の方も、かなり大部分治療できるとのこと。腹腔鏡での手術はあまり勧められない、とのことだった。
夕方7:00頃に再びカンファレンスルームに呼ばれる。入院前に撮ったMRIの写真を見た。ゼリーを入れた直腸と膣の部分、水を入れた膀胱の部分だけが真っ白に光って見える。腹と背中側の白い分厚い所は・・・脂肪?!(^^;
患部が膀胱頂部と腺筋症の部分が黒っぽく写っている。膣の近くまで少し黒い部分があるが、直腸の壁は厚くなっていなかった。
子宮の裏側の、それも付け根の方まで治療するには、開腹手術がベストとのこと。腹腔鏡だと、取り残しの可能性が大きいそうだ。でもそこをなんとか説得し、腹腔鏡で始めて、もし無理だったらタテに切ることに。ヨコだと子宮の裏側の治療は見にくくやりずらいらしい。よって10cm位になるとのこと。腹腔鏡の際も、恥骨の上をタテに3cm開けることにしよう、との結論に。
その夜は神経がピリピリして、あまりよく眠れなかった・・・。 |
| (入院2日目) |
今日は剃毛の日。同室のIさんとTさんは順に剃毛と入浴を済ませる。私はその間神経がイライラして、歩き回って落ち着こうとつとめていた。
部屋に戻ると教授に呼ばれカンファレンスルームへ。昨日の話で決まった事を聞いたが、腹腔鏡で開始するのは無意味とのこと。本格的に安全確実にできるのは開腹だけなんだからと念押しされ、最初から開腹手術でいくことに。
その後私も剃毛と入浴を済ませ、さっぱりした気分に。そしてお昼からご飯がおかゆになった。夕食もおかゆ。
同室のTさんはその日の朝からおかゆ。Iさんは夕食まで常食だった。どういう基準なんだろうねーとお互い話していた。
看護婦さんが来て、明日の手術に必要な物を準備して行った。手術着と帽子、ネグリジェタイプの寝巻きと普通の寝巻きをタオルケットでくるみ、名前と病棟の番号を書いた紙を置いて行った。開腹手術に変更になったため、マジックテープ付のサラシの腹帯を購入した。
開腹手術への変更を家の人と、会社に連絡した。会社には入院期間も自宅療養期間も延びると。。。スミマセン。
3時から3人そろって麻酔科のビデオを見に行った。同じく明日手術予定の人たちが子供も含め十数名いた。前回は腰椎麻酔だったのであまり参考にならないと思い、ざっとしか見ていなかったので、改めて手術までの流れをチェックした。その後、麻酔科の医師の問診と、聴診器での軽い診察があり、麻酔の説明の上で麻酔の承諾のサインをした。
夕食の後、7時に浣腸。婦人科は洋式トイレが多く、和式トイレの好きな私は「予約札」というのがあったおかげで助かった!浣腸した人が使いますという札だ。3人ぞろぞろ並んで浣腸に。入れられる石鹸水の量を見たらクラクラした。「これみんな入れるんですかぁ?」と聞くと、「(入れようと思えば)この倍は入るのよー」と言われてしまった。トイレに必死に辿り着いて、二度の発作に耐える・・・。
その後顔を洗い、9時の消灯前に眠剤を飲み就寝。夜中に起きることもなく、朝までぐっすり眠った。
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| (手術当日) |
いよいよ手術日。朝起きてすぐ、もう一度浣腸・・・。石鹸水だけが出そうで、少し足踏みして耐えてみた。おかげでお腹の中が空っぽになった感じだ。他の二人は出なかったよーなどと言っている。
顔を洗い、歯をみがいていると、手術1番目のIさんとTさんは早々と安定剤を飲み、手術着に着替え、ストレッチャーに乗り、8時すぎに出発して行った。
二人を見送って間もなく、私は麻酔科の点滴を開始。去年と同じく午後に出発するものと思い、の〜んびり構えていると、11時頃にナースセンターに電話で連絡が入り、安定剤を飲む。慌しくトイレを済ませ、手術着に着替え、ストレッチャーに乗り、いざ出発!
手術室の手前の回復室で別のストレッチャーに乗り移り、心電図やら電極をつけられた。そして「酸素ですよ〜、ゆ〜っくり吸って下さい」と言われ酸素マスクを何度か嗅がされているうちに、意識がなくなってしまった。手術台にはどうやってのぼったのだろうか?
次に意識が戻ったのは、手術が終わり、回復室に戻ってからだった。それまで何の夢を見ていたのだろう?はっきりとは覚えてはいない。ただ、すごく深い深〜い夢で、起こされているのがわかっているのだけれども、返事をするのに夢から覚めようと、夢から這いあがるまですごい格闘があった。なかなか上がれなくて上がれなくて・・・。「(やまんば)さーん、回復室ですよー。手術終わりましたからねー」と言われていた。こっちはうなずのくが精一杯だった。そしてまた意識がうすれてしまった。
次に気づいた時は、それまでずーっと何かを口走っていたのか、口だけはずっと同じ動きを繰り返していた。最初何を言おうとしているのかはわからなかった。次の瞬間、お腹を切ったであろう辺りの焼けるようなするどい痛みを感じ、驚いた! どうやら「痛いよー痛いよー」と、うめいていたらしい。ちょうどその時麻酔科の医師らしい人が私にかがみ込んで「痛いですかー?」と聞かれたので、「痛いよー」とそれまでより大きな声で訴えてみた。でもその声は、とても自分の声とは思えないぐらい、びっくりするほどのガラガラ声だった。たぶん手術中にされた気管内挿管の影響なのだろう。医者に「痛み止めの量を増やしますからねー、大丈夫ですよー」と言われたのまでは記憶があるのだが、また意識が遠のいてしまったようだ。
その次に意識が戻って聞こえたのは、「(やまんば)さーん、お部屋に戻りましたよー、わかりますかー?」との声と、ストレッチャーで移動しているという感覚だった。意識がしっかり戻らないうちでも部屋に戻るんだーと、朦朧とした頭でそう思った。でもその後も記憶は途切れ途切れで、部屋のベッドに移動した時の記憶はないのだが、人差し指に酸素濃度を測る器械をはめられたりした記憶はおぼろげにある。さらにどの位時間が経った後なのか、ベッドの周りをずらりと医者達が囲んで、笑いながら私を見ている。「(やまんば)さーん、わかるかなー?」うんと頷くものの、それもあまり続かない。遠のく意識の中で、「(やまんば)さん、眠ってばっかりだね」って笑われているのだけはわかった。お腹の傷の診察をしたのか、その後腹帯を巻こうとしていた時も、意識がほんの少しだけ戻って、「腰浮かせられるかなー?」と言われ、無意識にというか反射的に、まるでもう一人の冷静な自分がいるかのように、さっと腰を横にずらしていた。「できるねー、すごいじゃない」とか言われたっけ。
でも傷口がまた痛んできて訴えると、鎖骨の辺りに痛み止めの注射を1本うってくれた。
麻酔科の先生(私ら3人はケミストリーの堂珍君だと言って、しかもいい匂いがするとか言って前日はしゃいでいたのだが)が頭のそばにしゃがみこんで「(やまんば)さん、わかるかなー、大丈夫?」と言ったのにうなずいたのもかすかに覚えている。「痛みはないですか?」と聞かれた時は、それほど痛みを感じなかった。
その後どのくらい眠っていたのだろうか?少しずつ意識が戻ってきていて、酸素の鼻吸入と、血圧計とおしっこの管の存在を感じた。母親に「今何時?」と聞いたら8時とか言うから、「夜の?昼の?」と聞くと「夜だよ」と笑われた。母親がベッド脇に布団を敷くのがわかった。夜中には連続した意識がだいぶ戻り、日中寝ていたせいか、目が冴えてきた。血圧などの計器が夜の闇の中で光っているのだけれども、向きが違うし、メガネもかけていないので見えず、ちょっと残念だった。
その夜は私一人がやたらうるさかったかも・・・。
まずは、手術での500ccの失血のせいかわからないが血中の酸素濃度が低くなるらしく、アラームがしょっちゅうピーピー鳴った。そしてそのたびに母親に「呼吸止まってるぞー、呼吸しろー」などと笑われて、そのたびに鼻の酸素を深く吸い込んでいた。でも後でわかったのだが、腕の位置が悪くてちょっとしびれたりするだけでもピーピー鳴っていた。
さらに、血圧計も定期的にしょっちゅう膨らんで、そのたびに目が覚めるのだが、そのうちあまりひどいので血圧計をはずしてもらったのだ。しかし、看護婦さんが血圧計をはずした時の処理をし忘れたらしく、次の血圧測定の時間に測定できないためにアラーム音がけたたましく鳴ってしまい、またすぐ看護婦さんに来てもらうことに・・・。
しまいには、私が痛みのせいでかしょっちゅう寝返りをうっているうちに、プチン!と点滴の管をはずしてしまったのだ。ただ暗闇の中で寝ぼけまなこなので、何がプチンといったのかわからず・・・でも天井からぶら下がっている物が揺れているから、絶対そのままじゃマズイよってなことになって、また看護婦さんに来てもらい、どれだどれだと探して、点滴が外れたことが判明。しかも点滴の針から血が逆流してたために母親はいらなく慌てるしで・・・・・・。
私すごくうるさかったですね、ごめんなさい。m(_ _)m |
| (手術後1日目) |
まだ熱が38°8’とかで、なかなか下がらない。血中の酸素濃度はようやく100を越えるようになったらしく、頭がはっきりしてきた。そこで酸素吸入を止めてみようか、ということに。吸入を止めてすぐは眠くて仕方なかった。今日の午後にはおしっこの管を抜くから、起き上がる練習をしてようねーと言われたので、無理してベッドの背中を起こしたり、昨日の晩ほどではないものの、ゴロゴロ寝返りをうったりしてみた。しかし、すぐに熱が出るし、首や肩、胸の上や、脇腹が筋肉痛で思うように動けない。
朝の回診でお腹がちゃんとガスでゴロゴロしてきているのを確認。全身麻酔だったので、腸がちゃんと動いてガスが出るようにならないと、食べられないことになっている。ただ私は子宮内膜症で癒着しやすいため、腸を動かした方が癒着しにくいからと、晩から食べても良いことになった。でも晩御飯といっても、おもゆと、具の無いだし入り味噌汁と、リンゴジュースとジョア。実が一つも入ってない(;_;)食欲もない。胃袋が仕事を忘れてしまったのか?
麻酔科の通称堂珍君が様子を見にやって来た。胸や脇腹の筋肉痛は、麻酔の副作用とのことだった。100m走したぐらいの筋肉痛が出ることがあるらしいが、2〜3日でとれるとのことだった。おしっこ管を抜くのも今日は結局断念。
看護婦さんに、熱いタオルと泡で体をふいてもらい、別のネグリジェに替えてもらった。 |
| (手術後2日目) |
朝食からおかゆが出る。けれども結局水っぽいものしかノドを通らない。
「今日はおしっこの管を抜くからねー」と言われる。抜かれたら何としても歩いてトイレに行かなくてはならない!となると動けないままではいられない!ってなわけで、必死になって動く練習をした。筋肉痛との戦い・・・。動くと熱が出るんだけど、仕方がないよね。
お昼の後、とうとうおしっこの管を抜く。看護婦さんに熱いタオルで体を拭いてもらい、下着と寝巻きを着込み、トイレに直行!点滴が続いているので、トイレが近くてしょうがない。しかも点滴の管をつけたまま、おしっこのカップを持ってトイレに入るのは大変だ。しかもお腹の傷が、トイレにしゃがむ時も、ズボンのゴムが当たる時も、すごい激痛で泣きたくなった。
本当は腸のガスが出たのを確認してからでないと、食事にありつけないのだが、内膜症だからか癒着しないようにと早めに食べ物を許可された私・・・。今日もまだガスが出ない。しかも、腹帯をきつく巻きすぎたのだろうか?腸のガスがどんどんたまって、グルグルと反乱を起こし、昼食も夕食もあまり食べられなかった・・・。夜の回診で先生に苦しいと言うと、お腹に聴診器をあてて診察してくれた。そして「腸の動きはすごくいいから、もう少しガマンしようねー。痛み止めをやってもいいけど、痛み止めをやると腸の動きが悪くなっちゃうから、ガマンしようねー。」とのことだった。腸の癒着をたくさんはがしたから、腸の動きがものすごく良くなったせいかもしれない、とも言われた。良くなりすぎ?!夜中にようやくガスがいっぱい出た。とてもすっきりした☆ |
| (手術後3日目) |
朝食前に体重計にのってみた。手術前より2kg減っていた。
今日の午前中の点滴は、抗生物質×1つと、大きいの×3つ。昼食前に終わった。
今日は母親に熱いタオルで体をふいてもらい、着替える。昨日は生理帯をはいていたものの、それはキツすぎるよ、ということで普通のゆるめのショーツにした。寝巻きのズボンも、Mサイズなのだが、ウェストのゴムが臍の近くの傷口に当たり、あまり良くない。
脇腹の筋肉痛は収まりつつある。傷口の痛みも軽くなり、そっと歩くなら、背中を真っ直ぐにできるようになってきた。足どりも少し軽くなってきたかな?
ガスも昨日の夜中からうまく少しずつ出るようになってきたので、ご飯も少しすすむようになった。
会社にも電話。手術が終わって、歩けるようになった、と報告。 |
| (手術後4日目) |
朝から少し調子が悪い。朝食はおかゆでなくご飯が来た。久しぶりのご飯はおいしい♪味噌汁にも具が入ってる♪調子が悪いのであまり食べられなかったものの、嬉しい朝食だった。
その後、痛いお腹を抑えながら初ウンチ。でも柔らかくて下痢っぽい感覚。。。
今日の点滴は朝夕の抗生物質1本ずつのみ。血管が弱ってきたのか、点滴の針がなかなか入らず、ようやく入ったと思うと漏れて腫れてきてしまい、慌てて別の所に刺しなおす。痛いよー(ノ_;)
昼食のほんの少し前に会社からアレンジメントが届いた。熱帯植物みたいな草花や、オレンジのバラやピンクのカーネーションに、黄色いカラー、透け透けの穴明き葉っぱが合わせてあった。
昼食はあつあつのパンに、パンプキンシチュー、フルーツのヨーグルト合えと、嬉しいメニュー♪ついつい全部食べてしまう。
母親が明日来れないというので、今日もタオルで体を拭き、着替える。寝巻きも取り替え、今回はズボンはLサイズにしてみた。履き込みが深くて傷口にさわらず、とても楽だった。ちょっとぶかぶかだけどね・・・。
母親を玄関まで見送って病室に戻ってくると、まもなく同室のTさんと私の二人だけが部屋を引越しすることに。どうやら今度の手術の予定が5人もいるからだそうだ。慌てて荷物をまとめて、引っ越し先でそれらをあらためて広げて・・・と、バタバタしていたら、38°以上に熱が上がってしまい、また氷枕を使うことになった。
ただ嬉しかったことは、今日から使う部屋はTV付きだということ♪しかも今日はワールドカップサッカーの日本対ロシア戦が夜の8時から入るのだ!熱が出ているものの、いそいそと売店へテレビカードを買いに出かけた。
その後、2度も大が出るので、さすがにつらくて、夕食前に看護婦さんに整腸薬を頼む。あとで先生の処方箋で下痢止めの粉薬をもらい、食前と寝る前に飲んだ。夕食はご飯と味噌汁だけ食べ、お茶も少しだけに控えた。
サッカーは、8:30キックオフだったので、9時の消灯までちょっとしか見られなかったものの、なんとなく嬉しかった。
その夜は氷枕でうなされながら眠った。 |
| (手術後5日目) |
昨日の熱は下がったものの、朝からまだ少し熱っぽい。朝一に採血。貧血と感染症の検査らしい。下痢止めの薬を飲んでもまだお腹の調子が悪く下痢気味なので、朝食は牛乳と味噌汁のつゆだけ飲む。朝の回診で、先生が、たぶん下痢は抗生物質の影響だと思うとのことだった。今日の血液検査の結果を待って、もう抗生物質はいらないとなるかも知れないとのことだった。去年も抗生物質で腸の菌まで死んでしまったのでは、と整腸剤をもらったっけ。また同じかなー?
昨日のワールドカップサッカーは、日本対ロシアは1対0で日本の勝利!とのことで、朝からこのニュースでもちきりだった。日本中が大騒ぎ!サッカーの人気が高くなってきたみたいだ。
昨日まで同室にいた残りの二人も、朝食後バタバタと引っ越しした。そしてその後に、手術予定の人たちが入った。
腸に新しく体に良い菌を・・・と思い、売店でヤクルトを購入。乳酸菌を育ててみよう。お昼はご飯半分、おかずを1/3食べてみた。でもまだ腸の調子が良くないなー。
午後は総回診ということで、教授をはじめ、いろんな先生たちが勢揃いする。血液検査の結果が出たらしく、感染症にはかかっていないようなので抗生物質はやめてみようか、ということになった。本来なら点滴の後は、抗生物質の飲み薬をしばらく飲むことになるはずなんだけど、私はパスになったらしい。これでお腹の調子が元通りになるかな?教授に説明するべく担当の先生が開いた私のカルテには、グロテスクな写真がたくさん貼り付けられて、分厚くなっていた。手術の内容の説明は後でする予定だ、とのことだった。でも・・・もう、少し見えちゃったし・・・。
今日の総回診では、今年の春になったばかりの新人先生がカルテの説明を練習させられていた。しかも、しどろもどろだわ、用語を間違うわで、教授をはじめ、いろんな先生たちが笑い声をあげながらの、和気あいあいとした回診となった。 |
| (手術後6日目) |
今日も快腸すぎるのか、何度も大が出る。困ったものだ。おかげで体重は手術2日後に戻っていた。今日から、おしっこをためなくても良いことになった。着実に退院に向かっているらしい。
今日は私も同室のTさんも抜糸の日。抜糸といっても、ホチキスの針みたいな丈夫な針で止めてあるのだが・・・。始めて自分のお腹の傷口を見た。それまでは白いテープのようなもので傷口をびったり止めて隠れていたので、そのテープににじんだ赤茶色の染みしか見ていなかったのだ。たぶんこれって血だよー、と言っても、母親は信じてくれなかったけど。傷口は思ったより長くてびっくりした。へそのすぐしたから、恥骨の上までずずずぃ〜〜っと延びている。その傷を茶色い液で消毒していく。くすぐったいような、しみて痛いような。。。ペンチのような、くちばしのようなもので、バチンバチンと一つおきに取っていく。10個ぐらい取っただろうか?最後の、恥毛の生えているあたりは、毛がはさまるのか少し痛かった・・・。残りは明日。ガーゼ2枚を傷の上にのせて横に細いテープ3本でくっつけて終わり。腹帯もぎっちり巻いてもらっているのだが、動くのが少し怖くて、しばらくじっとしていた。動くと痛がゆいのが続く感じがする。でも、そんなのも鳴れるもので、トイレも行けるし、階段も上り下りしている。すごいよねー。
Tさんは腹腔鏡手術だったので、3ヶ所の穴をホチキスで止めてもらっていた。去年の手術の時はボンドで止めていただけだったそうだ。ホチキスの針を取るのもコツがどうやらあるようで、女の人だと痛いとか、力のある人のほうがいいのかな?とか後で話題になったが、Tさんの針の一個がねじれたらしく、皮が伸びて傷口が多少開いてしまったらしい。今日退院する予定なので、防水テープを売店で購入して、使い方を看護婦さんに指導されていた。
母親が来たので熱いタオルで体を拭いて着替える。腹帯をはずすのはちょっと怖くて、そのままにして、明日替えることにした。
着替えの途中で会社の人事の人が見舞いに来てくれた。廊下で少し立ち話。。。
その後、頭を洗ってもらい、売店で洗浄綿を買い、会社に少し電話。
Tさんは午後の6時に迎えが来たら、先生の話を聞いて退院することになっているので、気もそぞろ。同年代の人同士集まって、回診の時の話やらで、ワイワイ盛り上がった。6時半にダンナ様と帰っていき、その後すぐベッドのシーツがはがされ、隣が急にさみしくなった。
その後、私も手術後の説明を受けた。傷口の状態や体の調子をみて、金曜か土曜の退院がめどかな?とのこと。回診の時にチラッと見えていた手術中のポラロイド写真も見せてくれた。手術前に見せてくれと頼んでおいたものだ。これが私のお腹?こんな風に見えてたの?という感じだった。真ん中に四角く大きな穴の開いた緑色のシートがかぶせてあり、その穴にお腹だけが見えた。こうやって見ると誰のお腹なのかわからない。切り口を左右に金具で引っ張ってあり、中に子宮がつるんとまるく見えている。子宮は手にすっぽり収まるはずのサイズらしい。しかし、手術前の子宮は、持っている先生の手から余るぐらいに大きい。びっちり覆っていた癒着を取り除いて、子宮の悪い所を取り除いて・・・。癒着は予想以上にひどく、かなり手間取ったらしく、手術時間もかなりかかったらしい。開腹手術にして正解だったとのことだった。手術後の子宮はすっぽり手に収まっていた。右の卵管と、卵巣は共に正常だったという写真もあった。チョコレート嚢腫だと思われていた左卵巣は開腹してみると、実は正常で、かわりに左の卵管が風船のようにぷっくりとふくれていた。びっくりするぐらい小さく見える正常の大きさの卵巣に対して、大きく膨れた卵管・・・。これが痛みの原因の大部分だったのだろう、とのことだった。まずは針で刺してみたらしい。すると予想通りチョコレート状の血が出てきたそうだ。しかし、それでもあまり縮むことができず、同席していた不妊治療の先生が、もう機能してないと判断。切除することになった。そして外で切ってみると、子宮内膜症内膜でボコボコになってしまっていたらしい。本来はつるつると柔らかい卵管の中を卵がすべっていくのだが、とても卵がすべっていける環境じゃなかったらしい。取り出した物の白っぽい数々の塊の写真もあった。こんなにお腹に入っていたのかと思うほどだった。しばらくスプレキュアで様子をみるだろうとのことになった。 |
| (手術後7日目) |
今日は手術が5件もあるとのことで、朝からとても忙しい雰囲気。昨日の夕方に新たに処方された胃薬が効いたのか、少しだけ調子が良い。食欲はまだ出ない。
朝の回診は手術の日のため、10:30すぎになった。12コくらい有った残りのホチキスの抜糸をした。消毒の液が今日はすごく傷にしみた!抜糸も昨日よりすごく痛かった。腹帯は今日から、特にきにならないなら、いらないとのことだった。トイレに行く時じゃまにならず楽なんだけれども、少し心配。傷口がこすれさえしなければ良いらしい。こすれると傷口が盛り上がってしまうこともあるのだそうだ。今日はへそまで消毒されて、くすぐったかった。
お昼は天ぷらそばと杏仁豆腐で、おいしくてついついほとんど食べてしまった。食欲あるじゃん♪
寝る前になって、おへそがやたらにかゆくなって、見ると消毒液がかわいてかゆくなっていたらしい。ウェットティッシュで拭くとさっぱりした。傷口より上なのだが、おへその下のあたりを押すと少し痛かった。少し盛り上がってしこりのようになっていた。おへそより少し左側もしこりがあった。傷口を縫い合わせた時にそうなったようだ。しばらくすれば治るような話だった。あまり触らないようにしよう。 |
| (手術後8日目) |
今日の朝の回診で、先生がガーゼを取って傷口を見て、シャワーを浴びる許可がおりた。朝一でシャワーを浴びる。久しぶりなのでさっぱり♪思えば一週間以上お風呂に入ってなかったのだ。シャワーの後、内診と傷跡を見てもらった。傷跡はちょっと2ヶ所気になるだけとのことなので、ガーゼを当てて、腹帯でカバー。今日はトイレがやたらに近い。
内診の結果は、お腹の中の、卵管だの腺筋症を取った後にできた隙間に、腹水か血か何かが少したまっているとのこと。少しなので吸収されていくはず、とのことだった。明日血液検査をするので、それでもし貧血が悪化しているようなら、お腹の中が出血しているということになるので、その時は入院が延びるとのことだった。もし、多少の貧血で済んでいるようであれば、退院後、鉄剤を服用することになるらしい。
シャワーを浴びた後は体調が良く、お昼も夕方もたくさん食べられた。 |
| (手術後9日目) |
朝一で尿検査と血液検査。この結果次第で退院できるかどうかが決まる予定。
今日は3:30からサッカーワールドカップの日本対チュニジア戦。サッカー熱がかなり高くなり、仕事中に観戦するかしないかで、日本中がかなり分かれていた。
今日もトイレがかなり近いが、和式トイレの奪い合いになり、どちらかというと元気でおしっこをためる必要もなくなった私は別のトイレまで出張・・・。忙しいなー。
血液検査の結果、貧血は悪化していないとのこと。ただ、あまり良くもなっていないらしい。貧血の薬を出すかどうか検討中らしい。
今日も会社の人が見舞いに来てくれた。一人で来にくいからと、奥様を隠れみのにして来たらしい。奥様も効くところによると婦人病にかかったことがあるらしいのだが、すごく明るく陽気な人だ。仕事のこと気にせずに体を治してとのことだった。
日本対チュニジア戦は2対0で勝利!H組トップで初の決勝トーナメント進出に日本中が沸いた!
今日も夕方先生にカンファレンスルームに呼ばれた。検査結果で血が少し足りないのと、中性脂肪がスプレキュアの副作用(?)で少し低めなのが気になるとのことだった。その後の調べで、中性脂肪は体の維持に必要なもので、高すぎると肥満の原因になるが、低すぎても体に悪いらしい。泌尿器科の先生にも会ったらしく、開腹になった私の手術のことや、今後の治療方法のこととかで心配して相談していたらしい。 |
| (手術後10日目)退院日 |
いよいよ退院!でもお昼に退院予定なのでのんびり過ごす。
病院の先生から、自宅療養に必要な診断書を2週間分出してもらい、それを封筒に入れて会社に送った。入院費の支払いも、今日は土曜日ということもあり、平日近いうちに必ず支払いに来るという約束のサインを、地下にある事務の当直室でしてくる。Hb(ヘモグロビン値)が正常値11以上に比べ、私はまだ9ちょっとということで、鉄分の薬も処方される。預けていた診察券も一袋にされて戻って来た。昼食の後、カンファレンスルームで母親も交えて、最後の話があった。鉄分の薬は便秘を起こすこともあるが、便秘すると癒着の原因になるので、水分などをとって便秘しないように、とのことだった。腺筋症の再発がいつになるかは、人によって違うのではっきりとはわからないとのこと。10年は無理かもしれないけど、でも1年はもって欲しいよね。先生に、本当は1ヶ月自宅療養してもらいたいんだが、と言われたものの、あっさり断ってきた。それでなくても予定より多く仕事休んでるんだから、無理ですー。そして、次の外来の日を確認。荷物をまとめて、買い物を済ませ、バスで帰った。
久しぶりの家は、人の目がないから落ち着くのだが、2週間でついた病院でのクセなんかがあって、ちょっと違和感・・・。まだ体も落ち着いてないようで、風呂上りにはお腹が収縮して息が苦しく、夜にはお腹の激痛にうめき、食欲もほとんどなくなってしまった。でも次の日には痛みは消えた。病院に行くほどではなかったようだ。良かった。 |