2003年4月MTBレストア
2006年更にレストア



蛍光色迷彩カラー、
画像ではわかりませんが、友人に譲ったら
さびだらけ・・(TT)
なんで取り戻しました!
チェーンもさびさびでまっかっか!!


じゃじゃーん!
とりあえずクロに塗り替えました!
しかし、タイヤがくさってたので
少し走ったらバースト・・・。

てなわけで


タイヤ交換!
グリップも交換。
ホイールはマビック クロスライドに交換!

今現在はspdペダルに専用シューズも
購入し、問題なく走れるようになりました!!

バックミラーの折りたためるものをつけました。

このバックミラー、意外に使えます。



2004年にフロントにロックショックスのジュディの
新古物に。だいぶかっちょエーバイクになりました♪


2005年6月に更にリニューアル。
シートピラーをレースフェイスのカーボンに。
ピラーが長い場合、軽量化の効果は絶大です!
非常に軽く乗りやすくなりました♪

今後はフレームの色の塗り替え、
パーツを2007ニューXTRに総とっかえの予定。

同時に前後サスバイクの購入を検討中。

候補はトレック トップフューエルなんですが・・・。
2006モデルは色が赤しかないということだけで断念。
やっぱカーボンブラックがいいんですよねー。


過去のちゃりんこの思い出

仙台〜山形間の二口林道

この谷間を2時間30分かけて登ってきみた眺望に感動。
谷間側が宮城県。ここからさらに進むと山寺がある。
ダートなのでオンロードのものは避けるべし。
二口林道からのダウンヒル

今から考えるとプロテクターもヘルメットもしないでやっていた。
まあ、学生時代でそういうものも買えなかったのも事実。
ただ、10年前のことであるから、この当時MTBそのものも珍しいときで、こうして山はいる人もほんとに少なかった。いまでこそ、前後ショックやヘルメット、プロテクターも充実したものが販売されているが、当時は道具をそろえるにも苦労したものだった。
ダウンヒル時間は30分。
これはトライアルで遊んでたときのスナップ。
このとき、河北新報のカメラマンに「写真撮らせてもらっていいですか?」とバカバカとられた。
その写真が新聞に載ったのは4月23日。結構大きな写真で載っていて、
河北新報3部買ってきたことをおもいだす。
その新聞は今でも大事にしまってある。



仙台〜青森までMTBツーリング

一緒に写ってるのは東京からツーリングしてきた高校の同級生Moriくん。
当初、龍泉洞に寄るはずが、時間の問題で4号線を海に山越えしただけとなる。
3日目にして自分は足が壊れ、走れない状態に・・・。
(競技用のビンディングペダルとシューズで行ったのが失敗。
靴底が薄すぎ、競技用はロングは向かないことを実感)
しかし彼は自分だけでもチャリでいくと、予定日には青森市内に入って、
次の日の朝、鯵ヶ沢へトライアスロン観戦に行くのだった。
しかもその帰りには岩木山登頂
翌日からはねぶたと、
今から考えるととんでもない体力だった。
こういうことをしていたときは、物の価値観は道具としての価値観であり、
その道具を使いこなすことによって自分自身の限界能力を超えたことが
できるようになるすばらしさがその価値観としてあるものだった。

ツーリングでは、当時はコンビニもまったくない道路を走っていたため、
寝床、水、風呂を探すことが大事なことだった。
いかにしてお金を使わずというところが問題で、当然野宿。
その日その日のすべき最低限をこなすこと、常に違う景色、違う人との出会い。
車やバイクより歩行に近いということもあるせいか、普段気にもしないものが目にとまり、
気に入った景色があると三脚立てて写真。
今から考えても苦しく貧しそうなことをしていたが、心は充実していた。
しかし、またやりたいという気持ちもないのはそれだけ贅沢になったせいだろう。
体力的にも無理があるため、今はバイクでと思っているが、
やはり自分の力で走ることとは決定的な違いがある。
楽をしない分、自分に語りかけるものの大きさは計り知れないものがある。
もう一度体を鍛えなおし、時間の余裕もつくってやってみたい気はあるのだが、
なかなかできなくなっているのはやはり自分も若くはないということなのかもしれない。
しかし、この情熱をまた取り戻したい気持ちでこのページに公開した。
1日100km。
この距離は車やバイクではなんでもない距離だが、自転車ではかなりな距離である。
観光しながらなのでこのくらいになってしまうが、ロードレーサーでは1日150kmから200kmは走る。
しかしMTBという、スピード重視でないものでのツーリングもまた、私にとっては格別なものだ。


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