発掘調査の方法について、ちょっと、書いてみます。
栃木県の寺野東遺跡の調査以降、「 盛 土(もりど)」という遺構のあり方が注目されるようになりました。
三内丸山遺跡もそうですが。 その後あちこちで、この、盛土状の遺構が確認されてきています。
じゃあ、いったい盛土ってなに? と言うと、誰かがちゃんと言ってくれてるのかもしれないけど、今手元に資料がないから良く解らない。で、ちょっと考えるには、層そのものは縄文時代の撹乱層なわけですよね。ですよねってことはないか。
しかし まあ、その撹乱層(住居や土坑を掘りあげた時の廃土を盛り上げた?)が遺跡という空間で、あるひとつの場を構成する配置を見せた時、「盛土」って呼んでるようなんですね。
つまり、函館市石倉貝塚のような、ストーンサークルを取り巻く環状の盛土状遺構や、三内丸山遺跡のように、空間を分割し、遺跡のなかで捨て場にとどまらない、他の機能も想定される場合に限るというわけです。
ところで、問題なのがこの、ただの「捨て場」ってやつです。
あれの平面上での配置を広範囲に追いかけた例が何例あるのだろう。
「捨て場」は、ただの「捨て場」なのか? ってことがひとつ。 あと、大規模な土木工事で地形を改変してる遺跡の場合をどう考えるかってのもあるな。
もうひとつには、掘りこまない遺構、むしろ盛り上げる遺構があった場合、いきなり重機で表土を剥がしちゃう昨今の大規模な調査では、みつけられないよなあってことです(遺構の確認は黄色の土からじゃなきゃできないと思いこんでる人は結構多い。また、確かにその通りの場合も多い)。ポジティブな遺構の確認は、一昔前の、ベルト(断面確認のため幅30cm程度に土層を残すもの)をいっぱい残して断面を執拗に追う調査方法に依るよりないのではないか、と思う今日このごろなのです。もちろんトレンチ(調査のため、細長く深く掘り下げるもの)もばんばん入れてしまう。
それはそれとして、ポジティブな遺構をその形態や性格からきちんと分類・整理する必要が急務であると思われます。
僕自身、畑の畝やら畝間やらの報告書にかかるところなので、ちょっと考えてみますね。