上北考古 談話のこと。


結成に至る経緯。

そもそもは、20年ほど前のことである。

小川原湖の湖底に石組み炉を見たという人が居た。

なんでも、石が丸く並べられていたのだとか。

ならば、そいつを探してみようじゃあないかい?。

ってなわけで、浜台キャンプ場に集った勇士たちが居た。

N田S彦、F田T之、S川S、T中T明、N尾M義、O川T彦、F屋敷N雄

などなど。

このうち、N田氏、F田氏、S川氏、N尾氏がご家族同伴であった。

それは一見、ただのキャンプにしか見えなかっただろう。

確かに、そのようにしか見えなかったと言われても仕方がない。

しかし、その裏では、小川原湖湖底にあるはずの遺跡を求め、

水中考古学に勤しむ男達の姿があった はずなのだった。

この時彼らが湖底から得たものは、

小川原湖名産のシジミ貝を主体とし、

これに数片のちいちゃな土器を含むものであった。

ではあったが、

でも、それだって、十分な成果であった と思うよ

なにしろ、シジミ貝は肝臓に良い。

だから、それはそれでいいんじゃ ないかな

いいんだって

で、後日。だったと思う。確か。

M沢市の市民の森に縄文の竪穴住居が欲しいと言う話があって、

同メンバーが、一宿一飯多飲を条件にその制作に当たったのだった。

その時に結成されたのが、この「上北考古談話会」の前身とも言うべき、

シジミ会

なのであった。なんとも肝臓によさそうな名前である。

名前とは裏腹に、その活動はひどく肝臓に悪かったような気もするが。

と、いうわけで、