ひとりごと保存版 2000/9

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9/3

 旅から帰ってきました。よかったあ〜。命の洗濯。ただ、猛暑&台風12号というおまけがつきましたけど。名物の夕陽を見ることができませんでした。残念。良かったところは、明日からの「ひとりごと」を見てね。

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9/8

 またさぼってしまった。ええと、旅行のことの続きです。

 瀬波温泉についてお話しましょう。新潟県村上市にあって、村上市街地から海の方へ車で15分ほど行ったところにあります。湯量が豊富で、青森で言うなら、浅虫温泉並に旅館が立ち並んでいます。海岸が目の前で、夏は海水浴できます。日本海に沈む夕陽がきれいなんだって。俺が行ったときは見えなかったけど、行く前までは毎日が見事な夕焼けの連続だったそうだ。海岸沿いのでかいホテルだと、眺めがいいだろうねえ。汐美荘とか大観荘とか大清とかはいいと思うよ。高いけど。俺が泊まったところは、山の方でした。
 瀬波温泉の小高いところには、「すヾき池」というため池があって、2日目にそこをめぐる遊歩道を散策しました。ところが、その池自体あまりきれいじゃないし、遊歩道もなんだか不気味で「いやだなあ」と思いながら歩きました。すぐ大きな道に出るだろうという楽観的予測とはうらはらに、歩けど不気味さだけが増すばかり。もはや引き返すなんて真っ平ごめん、と決心してしまい、ずんずん歩いて、30分くらいたちました。やっと山から降りたら、そこはどこだかわからない場所。「迷子?」いやいや、俺の野生の勘でなんとかなるさ。大きな道に出て、迷ったあげく海の方へ。さらに30分ほど歩くと、そこは「岩船」。げっ、隣町じゃねえか。そして、バス停を発見。ラッキーなことに、あと10分ほどで瀬波温泉へ行くバスが来る!待って、バスに乗って、無事に宿へ着いたのでした。すヾき池には行かない方がいいよ。

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9/10朝

ラッコ  今日は新潟市水族館「マリンピア日本海」の話です。
 日本海最大の水族館ということだけあって、初めのスロープから見られる「日本海大水槽」は見ごたえがあります。鰯の群れを見たときは感動ものでした。別館では、私がはじめてみた、ビーバーが印象的でした。けっこうでかいんですよね。犬くらい?びっくりして、開いた口がふさがらない。ラッコは、3頭ともメスということもあるのか、えらく静かでした。浅虫とは違います。イルカのショーは、すごかった。芸達者で、こんなに愛嬌のあるバンドウイルカは初めて。これは見る価値あり。屋外に「マリンサファリ」と題してアザラシ、アシカ、トドがいましたが、ここは何とかして欲しいところ。
 一番関心したところは、「信濃川水槽」ですね。河口から上流に沿って、生息する魚を展示しています。ブラックバスやアカミミガメが繁殖していて、生態系を変化させていることをはじめ、ウグイやイワナなどが見られ、他の水族館ではみられないものでした。
 両生類があまりいなくて、サンショウウオなんてどこにいるのかわからない点が残念。でも、日本海最大の水族館であることは実感できますよ。

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9/10夕方

何?これ。  旅行シリーズの最後は、新潟市内で見に行ったところを紹介しよう。
 村上発新潟行きの普通列車に乗って、新潟へ向かったのだが、台風の影響で雷雨だよ。ひどい。でも、新潟に着くころには小降りになってきた。そこからバスで水族館へ。
 水族館のことは下に書いてますよ。水族館を出て、今度は歩いて日本海タワーへ。あてずっぽうで歩いたので、結構遠回りしてしまった。このころにはカンカン照りの晴れの天気。汗かいたよ。で、日本海タワーとは、上水道の貯水槽の上に、ぐるぐる回る展望台をくっつけたもの。市の水道局が運営してるらしい。2階からエレベーターに乗って、降りたところからさらに階段で上る(あのう…階段が多いんですけど…)。展望台はテーブルと椅子が外を向いて並んでいて、25分で一回りのペースで席ごと回転する仕組み(寒風山と同じ)。喫茶があって、そこでアイスコーヒーをたのみ、しばらく新潟の町並みを高いところから眺める。おお、日本海の向こうに佐渡ヶ島が見えるぞ。冷房が効いていてよかった。
 日本海タワーを後にして、今度はNEXT21へ歩いた。これは近代的な高層ビルである。エレベーターで登る(無料)。わーい、外が見えるやつだ。それに速い。最上階は、展望台とレストラン。別に面白いものがないので、すぐ降りた。デートするにはいいかもよ。
 そして、バスで新潟駅へ。新潟のバス停って、行き先別に違うんだよ。このころには気温はとうに30度を越している。暑いよお。新潟駅から新発田(「しばた」と読むんだよ)行きの普通列車に乗り、新発田からは酒田行きの普通列車に乗り換え。おおっ、ディーゼル・カーだ。しかも冷房がついてないので、窓全開。これも気持ちいいもんだね。村上駅で降りて、瀬波温泉までバス。村上の女子高校生って、みんな茶髪、ガン黒、ルーズソックス、厚化粧。やっぱり、青森のおなごが一番だ。宿に着いてから、ちょっと散歩へ。これが悲劇を生んだのは9/8に書いてます。

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9/11

I love Sake.  今月に入って、なんと酒4升を空けてしまった。今、5本目を味わっている。銘柄は駒泉(コマイズミ)。うまいなあ。そういえば、瀬波温泉で飲んだ、〆張鶴(シメハリズル)もうまかったなあ。え?飲みすぎ?…ごもっとも。

 そうそう、掲示板をつけてみました。みんな、たくさん書き込んでくれるとうれしい。

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9/12

半魚人?  生き物関係で、ここ1週間、いろんなことがあった。箇条書きにしてみよう。

  • アメリカザリガニが脱皮した。
  • もう一匹のアメリカザリガニが産卵した。
  • トウホクサンショウウオを2匹もらった。
  • サンショウウオをイモリと一緒に入れておいたら、1匹食われた
  • もう一匹のサンショウウオを別の水槽に入れたら、脱走してひからびていた。
 サンショウウオは残念だった。とりに行かなくちゃ。

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9/14

 最近は鬱であります(字も小さめです)。でも、前に作って冷凍しておいたカレーを食べたら、少し元気になりました。カレーはすばらしい。

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9/15

パソコン…  このページ、ちょっと変えてみたよ。読みやすくなったかな?

 今日、うちのノートパソコンが入院しました。多分、ハードディスクがイカレタのだろう、ということで、「データ消去Ok」と書かれてしまった。「あっ、でもっ…」とこっちが漏らすと、「だって、こう書かなきゃメーカーさんが見てくれないので…」だって。ああ、もどって来るときは、記憶喪失なのか…。

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9/16夕方

 暑かったですねえ。青森県各地で30度を超えたようです。
 そんな猛暑の中、今日は中体連新人戦が行われ、例のごとく私は陸上競技の決勝係なのでした。どうして郡大会はいつも快晴なの?おかげで、日焼けでひりひりさ。背景色も日焼けっぽくしてみました。…明日は雨?

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9/16夜

 久しぶりのレシピ紹介!
 サンマなど、青魚のおいしい季節ですね。リンゴの収穫の時期でもあります。そこで、なんと、魚とリンゴのスパゲティだっ。
 まず、スパゲティを茹でるわけだ。その間に、魚(俺はニシンを使ったけど、イワシでもサンマでもいいと思う)を細切りにして、リンゴを薄切りにして、フライパンで炒めてしまいます。しょう油とコショウとバジルで味つけ。でもね、生バジルが一番さ。俺も育てているよ。スパゲティが茹で上がったら、さっきのフライパンに移してからめます。好みで生卵を落として、できあがり。魚のうまみとリンゴの風味がからんで、おいしいよ。
 魚の骨が残るとおいしくないので、魚を切るときはなるべく骨を取ったあと、小骨を切るようにすること。あと、ニンニクを使うとおいしいかもしれない。では、ごきげんよう。

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9/17

 昨日のレシピに分量が書かれていませんでした。一人分です。

 魚:ニシン、サンマなら半身、イワシなら1匹
 リンゴ:1/3個
 しょう油:適量
 バジル:たくさん
 あとは適当に。(本当に適当だ)

 今日も陸上の審判をやったけど、うす曇で最高!これからもこうあって欲しい天候であります。

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9/18

 中体連の関係で、今日は午前日課。昼で帰って、昼寝して、洗濯でございます。洗濯物、思いっきりためました。きっと、10sもあったろうと思います。ズックも洗いました。たまっていた一升瓶7本も、酒屋に出してきました。家事って、やる前はめんどうなのに、終わってしまうとスッキリするんですよねえ。
 さ、明日はお休み。

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9/19

 20世紀初めのパリでは、セルゲイ・ディアギレフの率いる、ロシア・バレエ団が脚光を浴びていた。ディアギレフは、若い野心あふれた作曲家たちに、新しい音楽を作らせ、ニジンスキーの斬新な振り付けを加えて、聴衆を驚かせた。ロシア民謡を取り入れたストラビンスキーや、フラメンコをオーケストラで表現したファリャなどが有名である。まさに、ディアギレフは、20世紀の天才プロデューサーといえよう。

 なあんて、たまにはマジメな話。

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9/20

 ストラビンスキーは、ディアギレフの依頼によって、3つのバレエ音楽を発表した。それが、「火の鳥」、「ペトルーシュカ」、「春の祭典」であり、いづれも20世紀を代表する音楽となっている。「火の鳥」と「ペトルーシュカ」は、初演から大好評で、聴衆の圧倒的な歓迎を受けたのだが、「春の祭典」はそれとはちがった。曲が始まると、その原始的なリズムと不協和音によって、聴衆が騒ぎ出したのである。やがて、足を踏み鳴らす音と口笛や怒号によって、オーケストラの演奏が完全にかき消されてしまった。指揮者のモントゥーが「ともかく、お終いまで聴いてください」と叫んだほどである。
 この事件はかなり有名だが、なんとディアギレフはこの混乱を期待していたらしく、初演後の打ち上げで満足そうな笑みを浮かべていたとか。シェーンベルグが12音音楽の発表をしたとき、ジャーナリストを一切入れなかったという慎重さとは対をなす。ディアギレフは、この騒ぎを逆に利用して、ストラビンスキーの全く新しい音楽を宣伝しようとしていたのか?だとすれば、本当に天才としか言いようがない。

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9/21

 ディアギレフの率いる「ロシアバレエ団」…”バレエ・リュッス”が本当の名前らしい…が旗揚げしたのは1909年。翌年には、当時無名の新人だったストラビンスキーが「火の鳥」を完成し、初演していた。ちょうどそのころ、ディアギレフは、当時売れっ子のラベル「ダフニスとクロエ」の作曲を依頼していた。しかしラベルは、振付師フォーキンの書いた台本に納得いかず、すったもんだでようやく作曲に取り掛かる。しかし、やたらに時間がかかった。バッカナールだけで1年かかったという。しかも、ディアギレフの反対を押し切って、なんと合唱つきの壮大なる交響的バレエ音楽に仕立てあげてしまった。そんなこんなで1912年にようやく初演したわけだが、聴衆には、フォーキンの斬新な振り付けも、ラベルの精緻な音楽もよく理解できず、しかも長すぎるために評判はよくなかった。のちに第2組曲として出版されたものが、現在では有名になっている。いわゆる「ダフクロ」だねえ。

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9/22

ペトルーシュカ  また、話をストラビンスキーに戻そう(だって、好きなんだもん)。「火の鳥」が大成功のうちに終わり、ディアギレフはストラビンスキーに、すぐに次のバレエ音楽の作曲を依頼しようと思っていた。そういうことも知らず、ストラビンスキーは新しいピアノ協奏曲の作曲を進めていたのであった。そのことを知ったディアギレフは、そのピアノ協奏曲をバレエ用に仕上げることを要求したのである。本当に強引な人だなあ。ラベルだったら絶対にはねつけたと思うが、ストラビンスキーにしてみれば、無名の自分を一躍有名にしてくれた恩人である。断れるわけがない。ということで、彼の作曲していたピアノ協奏曲は、バレエ音楽「ペトルーシュカ」となって世に出たわけである。
 もし、「ペトルーシュカ」のCDがあったら、第1場の7分から10分くらいのところを聴いて欲しい。まさに「ピアノ協奏曲」である。

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9/23

 しばらく音楽的エッセイ風にきましたが、今日は日記風にいきます。グロテスクな内容が含まれているので、心臓の弱い人は読まないでね。

 今日は、北里大学に行って、骨標本作りの講座に参加したのでした。今日の作業は、犬の骨をみがくこと。あらかじめ大学で数日煮こんでおいたものから、骨を一本一本とりだして、たわしでこすって肉を取り除くのです。
 ドラム缶を切って作った特製のカマの中の水は、白くにごっており、いやあなにおいが立ち込めていました。その中には、いくつかのパーツごとに分けられた網袋があって、それを取り出し、中身をあけます。煮込まれた犬はどろどろに溶けていて、肉と骨と毛のかたまりです。骨をつかんで取り出すと、簡単に肉がはなれます。さらにたわしでこすると、きれいになります。その肉のくさいこと、さすがの私でも吐き気をもよおしました(本当は胃の具合がわるかったのだが)。中には小さい骨もあり、肉を手でもみながら確認しなければいけません。頭蓋骨の中には脳が入っていて、きれいに洗い流さなければいけません。黙々とみがくこと2時間、犬はきれいに骨と肉とに分けられたのです。その骨は漂白の段階に入ります。四肢と頭、脊椎に分けて網袋に入れ、それを1パーセント過酸化水素水につけこみます。まあ、オキシドールですねえ。来週は、それを水洗いしておしまいです。もとどおりの犬の姿に組み立てるのは半年はかかるということで、そこまではしません。でも、完成すると30万円くらいの値打ちがあるそうな。
 帰ったら、即座に温泉に行きました。ラドン温泉です。放射線の力でにおいを取ろうというわけです(ウソ)。着ていたズボンはすぐクリーニングに出し、白衣はごみ箱に行きました。でもねえ、まだにおいがするのおおお!いやあああああああああああああああ!もう二度とやるもんか!

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9/24

 またストラビンスキーの話。もう、これで最後だから…。
 ストラビンスキーは、もちろんロシア出身。で、大先輩のリムスキー・コルサコフに弟子入りしたんだ。オーケストレーションはかなり影響を受けているよね。しかし、ストラビンスキーは和声法で落第したんだそうだ。まったくダメだったんだって。それでも、師匠の娘の結婚祝いに書き上げた「花火」(Feu D'artifice)が、かのディアギレフの目に止まり、脚光を浴びることになったんだけどね。理論より「耳」だよ、やっぱり。俺なんかさあ、和声法なんて習ってないもん。(ベラベッポは大学時代、化学を勉強していた)

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9/25

う〜ん♪ 昨日、ベラベッポは化学を勉強していたことをこ書きましたが、実は化学の研究をしながら作曲をしていた人がいるのです。それは、ボロディン。ロシア5人衆のひとりだよね(5人言えないけど)。ダッタン人の踊りとか、中央アジアの平原とか、有名だよね(正式な名前が出てこない…知っている人は掲示板にでも書いてね)。「ボロディンの法則」というのがある、というのを聞いたことがあります。内容は知りませんが、化学の世界では有名だったらしいです。
 私は高校生のとき、「大嶋の法則」を作ったことがあります(物理ですが)。水平な平面上で大砲を発射したときの、最大射程距離に関するものです。空気抵抗は無視して、初速度υ、角度θで発射された大砲が落ちる地点を、発射された地点からL離れたものとすると、重力加速度をgとして、

L=2υ2sinθcosθ/g
で表せるというもの。ここから、θ=45°のときに最大になることを証明したのでした。「sinθcosθ」を別の形で表せたと思ったのですが、忘れてしまいました。上の式も、思い出して作り直してみたものなので、間違っているかもしれません。ま、皆さんも何か法則を見つけてみては?(簡単にできるか!)

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9/28

狽ヒこ  3日ぶりです。どうも最近、疲れてすぐうたた寝してしまう。酒のせいもあるけど。毎日アクセスしてくれた方、ごめんなさいね。

 最近、アルトサックスを練習してます。本業はトロンボーンなのですけど、本当は木管が好きなのだ。初めのうちは音を出すのがやっとだったけど、今日はだいぶ吹けるようになってきました。うれしいねえ。楽しいねえ。でも、30分吹いただけで、口が痛くてしかたない。かみ過ぎちゃって、下唇がいたいぞ。生徒の気持ちが少しわかったね。でも、サックスは面白い!さらに練習します。目指すは、チャーリー・パーカー!(ムリだって…)

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9/30

 昨日も疲れきって寝てしまったぜ。

パソコン  そうそう、壊れて修理に出していたノートパソコンが直ったのだ。しかし、それはHDD(ハードディスクドライブ)を交換したということ。つまり、今まに作ったデータがパアになったわけ。そこで、MO(光磁気ディスク)ドライブを買った!デスクトップ用に230MB(MB…メガバイト。記憶容量の単位。フロッピーディスク1枚は約1.4MB)のMOドライブがあるのだが、SCSI2(スカジー・ツー…コンピュータとMOやHDなどの周辺機器ををつなぐ、インターフェイス=データをやりとりする窓口)が必要なので、ノート用に新しいのを買った。640MBで、USB(SCSI2と同じようなものだが、接続できる機器の数が多く、データをやりとりするのが速いらしい。パソコンの電源をつけたまま、抜き差しできるらしい)対応だ。これで、毎日データ領域(俺は、Dドライブにデータを全部入れてる)をバックアップ(Windowsでは、[スタート→プログラム→アクセサリ→システムツール→バックアップ]で、バックアップのプログラムが起動します)すれば、また壊れても大丈夫!
 今回はパソコン用語解説も兼ねてみました。(読みにくくなった…)

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