「酒は百厄(薬)の長?」 −26−
坂本 隆
第26回 涸れ井戸現象 〜 「一杯」が飲酒発作に‥‥ 〜
Xさん(53)はアルコール依存症と診断され、入院して3週間になりました。心配して
いた離脱症状も目立たずに過ぎました。入院2週間後からは外泊もでき、家に戻っても別
に飲酒したい気持ちも起きません。そのためすっかり治ってしまったのではないかと思う
ようになりました。そうなると自営業の仕事も気になってきておちおち入院していられま
せん。「酒はもう絶対に飲まないと約束するから」と奥さんを説得して主治医に退院を申
し出ました。「先生、もう大丈夫です。今は飲みたいとはこれっぽっちも思わなくなりま
した。酒を飲まない自信があるので退院させてもらいます」
主治医は「それは涸れ井戸現象というものです」と話し始めました。使わなくなった井
戸からは水が湧いてこない(涸れる)と同じように、飲まなくなったアルコール依存症の
人も飲酒欲求は起こらなくなるのが普通なのです。ところが、涸れた井戸を使うために
「呼び水」(差し水)を入れてやれば、その水が地下の水脈に通じて井戸水がこんこんと
湧いてきます。同じようにわずかでも酒を口にするとそれが呼び水となって飲酒衝動が抑
えられなくなってしまうのです。今の状態で退院してもうまくいくとは思えませんよ。
退院で頭が一杯になっていたXさんには主治医の言葉は届きません。「ふーん、そんな
ものか。でも自分は違う、大丈夫」と主張して未治希望退院となりました。それでもしば
らくは仕事に専念して酒を忘れていましたが、3ヶ月経過して年末・正月ともなるとど
うしてもあの味を思い出します。「正月なんだし、お屠蘇の一杯くらいいいじゃないか」
というXさんの言葉に奥さんも「一杯だけですよ」と許可してしまいました。案の定、お
屠蘇の一杯が呼び水になったXさんは連続飲酒発作となり、再入院となったのは正月明け
のことでした。今度は治療に専念してAAや断酒会にも通う決心をしたXさんでした。
アルコール依存症は病気の体質であり、治りきるということはありません。それでもや
るべきことをきちんと行っていけば断酒継続して社会復帰が可能なのです。
「酒休み完治したぞと勘違い」

イラスト・成田 富子
(さかもと・たかし 藤代健生病院院長)
(「東奥日報」 2002.12.22 「家庭・暮らし」面「健康」欄に掲載)
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