藤代健生病院が挑戦した精神科における禁煙指導
        

   初代禁煙外来医師・石川はじめ

精神科の病院では健康増進のプロであるはずの看護婦さんが患者さんのタバコの火をつけてあげる姿をよく見かけます。精神科において喫煙は院内で許された数少ない手軽な嗜好品であり、アルコールや他の中毒性薬物よりは望ましい嗜癖として職員にも患者さんにも愛されてきた歴史があるようです。

しかし、喫煙の健康に及ぼす大きな害が疫学的に明らかになり、また、さまざまな病気を起こす因果関係が科学的に証明されてきた今日、喫煙はすでに全く望ましい嗜癖ではなくなってしまいました。カプランの臨床精神医学テキストにも、「タバコの副作用は死である。精神科医はその危険性を頭に入れ、ニコチン依存症の治療についても、理解を深める必要がある。」と書かれています。ところが喫煙王国日本では、喫煙はいまだに嗜好のひとつと考えられ、喫煙に対してきちんとした対策も立てられておらず、また一般の人の感覚も、喫煙にたいへん甘いのが現状です。

そんな中で、自己コントロールが苦手な精神科の患者さんが無防備なまま、タバコの煙漬けになっている悲しい事実があります。「精神科の患者さんに禁煙指導なんてできるわけない。」という声があちこちで聴かれました。しかし、精神科の患者さんにとって、喫煙が大きな問題であればあるほど、たとえ困難はあっても、解決に向けて進んで行かなければなりません。


そこで本院では、患者さん及び、職員の身体合併症の予防のため、快適な療養環境を守るため、96年度より、本格的な分煙対策、禁煙支援にのりだしました。今後精神科の病院の悲惨な療養環境を改善し、高齢化する精神疾患患者さんが脳卒中、癌等の身体合併症のために、病院に沈澱して行くのを防ぐためにも、たいへん重要な予防医学的試みでありました。

 精神科における喫煙の問題を整理すると以下のようになります。

 病院管理上は、スタッフ患者共に、喫煙者が多く、院内の喫煙が療養環境を悪化させています。閉鎖病棟は管理上、換気が制限され、特に療養環境が悪くなります。喫煙は精神科の病院内で楽しむことができる数少ない「嗜好品」としてとらえられ、他に、より望ましい嗜好品が提供しにくい特殊な環境にあります。トークンのかわりやタバコの火付けリレーなどの道具として、アルコールより適応的な嗜癖として、また、ストレス解消、精神安定の手段などとして職員や他の患者さんから勧められた歴史があり、歴史的にはむしろ喫煙を促進し、正の強化を行うような働きかけがなされてきました。そのため、病院で喫煙を覚えた患者さんも多いようです。

 またスタッフの関心が身体合併症に向きにくく、喫煙が禁忌の身体合併症をもった患者さんに喫煙が許されていたり、健康教育も行き届かないといった問題点があります。

 患者さんの特性という視点から見ると、嗜癖に陥り安く、多喫傾向があり、強迫的に吸ってしまうようです。自我機能が低下している患者さんが喫煙人口の多い病院環境の中で、喫煙を覚えてしまう側面もあります。

 また、抗精神病薬との相互作用があります。喫煙者はより多くのドーズの抗精神病薬が必要になったり、ニコチンによって抗パーキンソン作用が得られるなどということです。さらに、金銭的に余裕のない人が多く、経済的な支障にもなります。
本院の外来の調査では生活保護でもらう10万円のうち、約1割がタバコ代に消えるという結果が出ました。また、過食傾向と合わせて身体合併症の危険因子となるという問題があります。地域リハビリテーションで、患者さんを病院から、地域へと出すことが自動販売機のあふれた消費文化の中、タバコ吸い放題、ジャンクフードの食べ放題で、致命的な身体合併症に苦しむ患者さんを生み出すことになっては片手落ちでしょうが、実際患者さんの中に、その予備群は多いようです。

 以上のような要因があり、精神科の病院が喫煙対策に取り組まないことで、精神科医療の中で、「医源性難治性のニコチン依存症」を作ってきたのではないか。という疑問がわいてきます。 そこで、本院では受動喫煙を防ぎ、安心して過ごせる病院環境作り、喫煙者の禁煙を助ける環境作りに取り組み、喫煙問題についての啓蒙も行いながら、禁煙指導に乗りだしました。

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