育子さんのこと中(失敗しても責めないで)

 

 「やっばり育子さんに禁煙は無理かな」と思っていた矢先、育子さんはまた自分を傷つける行為をして個室隔離になりました。患者さんの自由を大切にする病院でありたいという発想から、個室での喫煙は本人の希望や症状に応じて可能でしたが、育子さんの場合、「禁煙したい」という意志があり、個室隔離中は「たばこ禁止」を希望されました。個室隔離中に禁断症状を乗り越えてしまえば、自分で禁煙したくても出来ない患者さんにとっては渡りに船です。

 育子さんは途中、禁断症状の苦痛があって看護婦さんに喫煙の要求をしたこともありましたが、結局、行動制限がなくなってからも禁煙は続いていました。会うたびにたばこの話題を□にし、看護婦さんと協力しながら励まし続けました。実は一度危うくなっった時がありました。「やっばりたばこが吸いたくなった」とたばこをもらいにみえたのです。運良くわたしがいて、ニコーッと笑ってみせると育子さんも笑い、笑いに紛れて吸いたい衝動は消え、うまく乗り切ることができました。

 禁煙してからも、一度たまたま目の前にあったたばこを手に取り、吸ってしまったことがあったのですが、その時育子さんは自主的に主治医あてに反省文を書きました。「先生、わたしはたばこを吸ってしまいました。どうしても吸いたいと思ったのですが、もう、吸いません。ごめんなさい」

 禁煙は練習です。失敗しても、またやり直せばよいのです。だから、禁煙指導は禁煙に失敗した人がまたやってみようと思えるように励ますことが大切です。失敗しても責められることなく、安心して練習できる場の中で育子さんは頑張りました。

 たばこをやめることはストレスになり、患者さんに悪い影響を及ぼすというのは精神科の固定観念でしたが、たばこから自由になれるメリットは大きいようです。禁煙の働きかけはむしろ、育子さんの自己変革のよいきっかけになりました。