精神障がいをもつ人々への支援の実際

 

蟻塚 亮二

日本精神障害者リハビリテーション学会理事

全家連精神保健研究所・研究同人

(詳細は雑誌『ゆうゆう』30号を参照してください。 萌文社、千代田区富士見1−5−12ネモトビル、 03-3221-9008、FAX.03-3221-1038)


 

彼らのニーズの90%は医療以外の所にある

 精神障がいをもつ人達が地域生活をしていく上で必要な条件として「仕事、仲間、住居、医療」の四つがあげられます。が実際にはこれだけでなく、所得保障、救急体制、ソーシャルクラブ、ピアカウンセリング、困った時の相談先(地域生活支援センターなど)、当事者運動や家族会運動、家族と当事者への病気やその対処法についての情報提供、適切に地域生活を支援できる医療や薬物療法の向上など枚挙に暇がありません。特に、いま介護保険論議で俎上に上っているケアプランに基づく個別的ケア(ホームヘルプ)も、精神障がいを持つ人に提供されるべきです。

 かつてイタリアの地域運動家が次のように述べたのを思い出します。「精神障がいをもって生活している人のニーズの90%は医療以外のところにある」と。日本では長らく、精神医療が地域生活支援の中心であるかのように考えられてきましたが、それは地域福祉資源の乏しさを前提とした「医療の抱え込み」であり、精神医療関係者に今後求められる課題の一つは、「正確で科学的なニーズ把握の研究」だと思います。


 

住居ケア拡大が急務

 精神障がいをもって地域で生活する上で欠かせないのは住居です。これが無ければ仮に作業所があったとしても、退院して社会生活する事は出来ません。英国の精神科地域ケアで最も優れているのは、政府の住居政策とそれに基づく住居ケアだと思います。多くの民間運動団体が運営主体となり「ケアつき住居」が各地で展開されています。こうした取り組みの結果だと思いますが、欧州の多くの国では人口一万対の精神病床が10床前後に低下しています(日本は27床)。残念ながら、日本はこの分野で遅れています。作業所運動なみに住居ケア運動を展開する事が、いま私たちに求められています。
 具体的には、グループホーム(定員六名)を数多く作るのがよいと思います。
精神障害者援護寮や福祉ホームという制度もありますが、入居者の数が多い、入居期限がある(原則2年間)、かなりの資金と人員が必要(土地と建設費の四分の一は自己負担)などの問題を抱えています。

 


手抜きのすすめ

 具体的に地域で生活していく際には出来るだけ手抜きを図り、当事者の生活面の負担を減らす事が必要です。これは医療関係者や家族など「援助者」の立場からは、いかにご当人への期待度を下げるか、そして退院へのハードルを下げるかという課題を意味します。
昔、保健婦さんたち数名と昼食を取りながら雑談した事があります。「貴方たちは訪問指導なんて事をやるわけだけど、実際に自分の家の掃除は何日おきにやるの?」と聞いたところ、毎日やるなんて人はもちろん皆無で一週間か二週間に一回、あるいはそれ以上という人もいました。私自身の家庭を振り返ってみても、掃除なんてそう滅多にやらないし、料理だって醤油大サジ2杯、砂糖小サジ少々など考えてやる事は絶対にありません。これが社会の現実であるのに、たまたま患者さんだからという事で、きちんと掃除せよ、きちんと料理せよと、無理難題を私たちは吹きかけていないでしょうか。私は雑談の後保健婦さんたちに次のようにお願いしました。「訪問の時には四角四面な指導をするのでなく、皆さんたちは主婦として手抜きの名人なのだから、上手な手抜き術を教えてあげてほしい」と。


乏しいケア・システムは患者さんへの期待度を不当に高める

 例えば長期入院している人に対して、医療関係者がイメージの中で要求している生活能力(期待度)が高すぎると感じる事があります。風呂にも規則的に入らない、定期的に歯磨きしない、幻聴に耳を傾けたりたまに妄想的な事を口走る人が長期入院されておられるとします。すると日本の看護婦さんは大抵、これではアパート借りるにも大家さんが反対して、退院は到底無理だと考えるでしょう。

 私は次のようにします。入院場面は自己の意に反した仮の場でしかなく、そこでの行動でその人の全てを評価出来ると考えません。そして本人に社会復帰の意欲があり、自ら服薬通院が出来、金銭管理がある程度出来、著しい反社会的行動がなく、困った時に誰でもいいからSOSを発する能力があるならば、私は退院の方向を考えます。
 これが英国であればどうなるでしょう。退院後の住居は苦もなく見つかるし、地域にはケアコーディネーター指揮下のケアチームがあり、個別の訪問や生活全般の評価と支援を受けられます。希望すれば作業所やデイケアもあり、経済的にはいちおう保障されます。英国は米国にくらべ、個人の能力改善よりも環境の調整・改善を重視し、個人の能力不足を社会資源で補おうとしますから、当然患者さん個人への要求(期待度)は低くなります。
 つまり社会資源(環境条件)が整備されていない地域ほど、そこへ退院して生活しようとする患者さん個人に期待されるものは多くなり、退院へのハードルは高くなり、医療関係者も家族も善かれと思うあまり、患者さんに口やかましくあたる事になります。個人と環境との両面で補い合うというリハビリテーションの思想に基づき、地域ケアシステムを充実させてゆかなければ打破できない事態です。

 


目標限定的アプローチ(戦略)

 さりとて容易に地域資源が整備されるとは限りません。この場合には「目標限定的アプローチ」というリハビリテーション戦略が役立つと思います。これは、とりあえず長期入院中の彼または彼女が退院していく居住環境を想定し、そこでどういう生活技術が必要であるかを極力具体的かつ少なく抽出し(期待度を下げるため)、そうして抽出し限定された生活技術の獲得だけを目指してリハビリテーション的アプローチを行います。一方では再発を防ぐためにデイケアで支えるか、デポ剤で怠薬傾向をカバーするか、どういう薬物療法戦略でいくかを彼または彼女との合意の下ですすめます。

 参考までに、仮に環境要因が完全に整備されたものと想定した時、患者さんに要求される最低限の生活技術リストを次に示します。
このリストはなるべく項目を絞り込み患者さんへの期待度を減らし、退院へのハードルを下げるため、入浴などが削除されています。            
通院服薬ができる金銭管理ができる
買い物ができる洗濯機を使える
電気釜を使える家族の賛成がある
困った時にSOSを出せる症状のセルフコントロール
ほどほどに集団に参加できる一人で居れる(capacity to be alone)
交通手段の利用役所・銀行などの利用
ひどい反社会的行動がない飲酒・糖尿病など個人的問題への対処
社会復帰への意欲がある昼夜逆転しない
 

 

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